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吉海町と宮窪町がある大島には、一般家庭がお遍路さんを泊める「善根宿(ぜんこんやど)」の風習が、今も残っている。
二泊三日の行程で八十八カ所霊場を巡礼する島四国遍路市は、旧暦の三月十九―二十一日に開かれる。玄関口、下田水(しただみ)港にある四十四番札所を起点に、約二千五百人の白装束の巡拝者が六三キロの遍路道を行き交う。今年は五月四―六日である。
天気のいい日を見計らって、1年ぶりに布団を広げた。「布団を見るだけで気が和むようです」
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鳥越さんが善根宿を始めたのは、二十年ほど前。近くでお遍路さんの世話をしていた年配の夫婦から引き継いだ。西条市と新居浜市の先達さんが率いてくる巡拝者は、総勢二十人余りにもなる。島を時計回りに丸一日歩いてたどり着くのが、吉海町の北西部、福田地区から泊地区にかかる一帯になる。
善根宿のほか、札所ごとにゆで卵やすし、甘酒などを振る舞う「お接待」の風習もある。だが、高齢化や核家族化が進み、そうしたもてなしの担い手は減っている。福田にある福蔵寺の住職で霊場会会長の河野允裕さん(68)が、やるせなさそうに現状を打ち明けた。「私が子供のころは地区の家は軒並み泊めていた。が、この辺りも後継者がいなくなった。今残る善根宿は両町で三十戸余り。問い合わせがあっても、紹介するところがないんです」
巡拝者は今、九割が車を使う。最近は対岸にある今治市のホテルを利用したり、日帰りの巡礼が増えてきた。「信仰と自然の調和が取れた遍路道は歩いてもらうのが一番。だが今年は橋も架かるし、遍路市がどう変わるのか、私らも想像つかんのです」。河野さんの思いは複雑である。
春の陽気を吸い込んだ鳥越さん方の布団は、赤、ピンク、黄色と、色や柄がばらばらだった。「綿を求めては打ち直して、少しずつそろえたもんで」。お遍路さんが帰る際に置いていくお供えは、すべて、布団を新調する費用に充ててきた。「これはいついつに作り直した物だと思ったり、そんなことも楽しい。こちらからお招きするようなものではないけど、ご縁がある限り、お世話させてもらいたい」
「今年はまで電話がかからんが、車で回って泊まらずに帰るんじゃろうか」。心配していた鳥越さんだが、取材で会って数日後、連絡が来たと知らせてくれた。電話口の声は心なしか弾んでいるように聞こえた。

