水軍の里 <愛媛県宮窪町>


■ 急潮と生きる島の知恵 ■

map
 島(のしま)と鵜島(うしま)の海峡に差しかかったら、海が白く泡立ち、増水した川のように流れていた。流れに負けじと、船のエンジン音が高くうなる。「これは前に行きよるの?」。乗客が思わず、かじを取る漁師に問いかける。さらに馬力を上げた船は潮が渦巻く場所を避けて能島を左に大きく回り、西岸の船着き場に着いた。

 「ここ荒神瀬戸は、船が潮にのまれて深く沈むと恐れられた場所。潮流は最大で十ノットにもなります」。漁船を仕立てた観潮船のはなに座り、ハンドマイクの声を張り上げていたのは、愛媛県越智郡宮窪町、水軍ふるさと会の村上利雄さん(51)。役場職員で、以前、町内の水軍資料館を管理していた。「いろんな史跡や資料に触れ、学者らの話を聞くうち、この町は宝を持っていると気付いてね」。水軍にのめり込んだ。

 宮窪港沖にある能島は、瀬戸内海を制した村上水軍の本拠地。城跡に立つまでもなく、船で島に近づこうとすれば、潮流を知り尽くした水軍の天然の要害を実感できる。

漁船を仕立てた観潮船で、能島を巡る。後方は伯方・大島大橋
 史と文化にこだわる町づくりをと、利雄さんら十人がふるさと会を結成して十二年。水軍ゆかりの大分県玖珠町と交流し、能島の観光整備などに努めてきた。漁業者が港で毎月第一日曜に開く「漁師市」に加わり、呼び物の一つ、漁船で島を巡る「能島水軍観光」を始めて二年になる。

 四月には、広島県から団体客が訪れた。先祖供養と春の行楽を兼ねて来た芦品郡新市町の荒木允子さん(54)夫妻ら二十五人。荒木さんは九州出身で、古里と村上水軍との縁を知った。島巡りだけでなく、鎌倉時代の供養塔、宝篋(きょう)印塔などにも参った。

 荒木さんが宮窪町を訪れたのは、昨年十一月以来、三度目。「海の風景を楽しみ、水軍に想像をめぐらせて、見どころいっぱいの町。それに人との出会いもね」。三回とも、ふるさと会が案内役を買って出た。

 跡巡りのバスや船には、Uターンしてふるさと会会員になった村上陸司さん(57)も乗り込んだ。出丸があった能島横の鯛崎島(たいざきじま)に立った陸司さんは、子供のころに思いをはせた。「海岸沿いにできる潮と逆の流れを利用して、ろこぎの舟でよく釣りに来よった。ここらは潮と地形を知らんと、行きたい所に行けんからね」

 ふるさと会は、新たな構想を温めている。町内のあちらこちらに放置されたままの、五輪塔の学術調査だ。それに、善根宿のように民家を開放しようか、大島石などの産業を紹介しようか・・・。魅力発信の仕掛けづくりが、片時も利雄さんらの頭から離れない。



menubacknext