桜とパノラマ <愛媛県岩城村>


■ 山頂咲き誇る同窓の宝 ■

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 媛県越智郡岩城村は、橋の架からない島。しまなみ海道で連なる生口島のすぐ南にある。島の中央にある標高三六九メートルの積善山の頂に立つと、三六〇度のパノラマが広がる。因島の造船所、大島石を切り出す大島の丁場、伯方島の養殖場・・・。澄み渡った日には、四国最高峰の石槌山(一、九八二メートル)や瀬戸大橋まで見える。深い青の海に、白いはけでなぞったような船の軌跡が浮かんでは消える。

 山頂から尾根へ続く桜並木は、十一日の日曜が見ごろだった。生口島からフェリーで五分の岩城島には、福山ナンバーの車で来た花見客が目立った。  二候補者の一騎打ちで話題になった春の愛媛県知事選で、島の人がこんな軽口をたたいていた。「どっちに入れたんやと聞くからゆうてやった。『藤田雄山(広島県知事)って書いた』と」。今治へつながる島巡りのフェリーが、海道の開通で春から減便になる。往復十五便のフェリーがある広島県側の生口島が、ますます身近な存在になる。

積善山の展望台から3千本の桜並木が尾根沿いに続く。景観を楽しむパラグライダーも風景に溶け込む
 善山の桜は、一九五五年ごろから植樹が始まった。登り口に住んでいた故・前田重作さんが、公園を整備したのがきっかけという。毎年、数十本の植樹を手がける老人クラブ「寿会」会長の砂川敦さん(70)は、当時を振り返る。「働くばかりの生活に、何か潤いをと始めたんでしょう。昼ご飯食べるんでも桜を見てたらおいしいから、わしもよー行くんよ」

 桜の植樹は、島ぐるみの取り組みになった。岩城村では、還暦などの行事を中学卒業時の同級生で行う。卒業や厄払い、還暦などの記念に、まとまった本数の桜を植樹するのだ。砂川さんの息子、紀世夫さん(45)も、二十年ほど前に農業後継者クラブで三十センチほどの苗を植えた。「展望台から駐車場に続く一帯がそう。自分らの桜が育って咲き誇るのが、自慢でね」

 岩城の厄年には、「四十九」という独特の年齢がある。島の慣習では、三十三、四十一ときて、次の還暦まではかなりの間があった。それまでにもう一度皆で集まろうと、縁起が悪い数字とされる「四」と「九」が並ぶ四十九の厄払いが、いつの間にか定着したのだという。「島外に出る人は多いが、同級生のつながりを非常に大事にするところです」。昨年、四十九の厄払いをした役場職員の児島公尊さん(48)が、桜の下で話してくれた。

 頂から望む無人島の赤穂根、津波両島は、海岸に砂浜が続く。その白さが海に映え、一段と美しさを増す。連なる島々と海を眼下に望むパラグライダーの大会も人気。十二日にも、関東から来た参加者らが空からの景観を堪能していた。

 紀世夫さんは言う。「桜を一万本ぐらい植えて、瀬戸内随一の桜の島にしたらいい。橋が架からん島の良さを大切にしたい」。足元を見つめながら、静かにしまなみ海道の開通を待っている。

(おわり)



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