1999.1.17 
title (5)財産は自然

旅心誘う美しいなぎさ

map  潮が引いた後、コンクリート護岸で囲まれた湾内の一角に、小さな干潟が姿を現した。一九九五年夏、三十五年ぶりにカブトガニの産卵が確認された吉海町の港内。その年を最後に、カブトガニは見られなくなった。

 卵が確認されたのは、護岸に沿って帯のように広がった砂州。昨夏は、カブトガニが訪れたような形跡だけが砂地に残っていた。干潟生物の観察を続ける「渚クラブ」会員の中村良子(51)は「干潟にヘドロがたまり、生き物がほとんどいなくなってしまったから」と肩を落とす。ほんの二百メートル先で、県によるマリーナ建設のための埋め立て工事が進んでいる。

カブトガニどこへ

 吉海町一帯は古くからカブトガニが多く見られた地域だった。中村にとっても、カブトガニは子供時代に海で遊んだ思い出と重なる。「一緒に泳いでいたし、気を付けないと踏んづけてしまう程だった。砂遊びをすれば幼生もたくさんいた」と振り返る。

 自然豊かな吉海町でも、六〇年代ごろから護岸工事などの開発や海洋汚染が相次いだ。開発の大半は公共事業。約九・七ヘクタールを埋め立てる現在のマリーナ計画も、県のリゾート構想の一環で、九五年に着工した。しかし、いまだに運営主体が決まらないなど、オープンはしまなみ海道開通に間に合いそうにない。

 「しまなみ海道の売り物は自然。都会の人は魅力的な景観や環境を求めて島に来るはず」と中村。高校卒業後に島を出て大阪で就職、結婚したが、二十四年前、自然の中で子供を育てたい、と家族でUターンした。カブトガニ対策については、「工事を止めるのが一番だが、せめて産卵しやすいよう干潟に砂を入れるなどしてほしい」と訴える。

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3年半前、カブトガニの産卵が確認された愛媛県吉海町の干潟。中村さん(左)らは再来を待ち望む
海岸線の改変進む

 風光明媚(び)な瀬戸内海の中でも、しまなみ海道沿線は自然と人々の暮らしが織りなす多島美景観に恵まれている。しかし、島の海岸線を縁取るような白いコンクリート護岸や港湾工事など、長年の開発でなぎさの環境や景観が損なわれてきたのも事実だ。

 瀬戸内しまなみ海道周辺地域振興協議会の二十市町村のうち、海岸線を持つ十八市町村の自然海岸比率は平均三五・五パーセント(九三年の第四回自然環境保全基礎調査)。全国平均の五五・二パーセント、瀬戸内海平均の三七パーセントを下回っているのが実情だ。最も低かったのが、塩田などで海岸線の改変が進んだ広島県瀬戸田町の一一パーセントである。

住民動き水際復元

 新しい動きも出てきた。瀬戸田町の住民は、瀬戸田港の護岸工事の際、昔ながらの「石積み」を取り入れるよう県に要望し、島らしい水際の復元に取り組んだ。九七年春、瀬戸内特有の雁木(がんぎ)も備えた約三百メートルの石積み護岸が完成。観光客からも好評だ。

 働きかけた「素晴らしい瀬戸田水道を復元する会」会長の堀内礼夫(61)は「コンクリート護岸では見下ろさなければならなかった海が、手が届くまで近くなった。石組みの間に小魚など生物も住み着いたし、景観も味がある」と満足そう。

 エコツーリズムという言葉が観光関係者の間で注目される時代。魅力的な自然環境は、都市部から人を呼び込む上でもかけがえのない財産である。

(敬称略)


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