当世うをのぞき考 −手探り続く 水族館−

 明治初期、東京に「観魚室(うをのぞき)」ができて以来、市民を海の世界へいざなってきた水族館。今や魚の観賞にとどまらず、生物との触れ合いや希少種の保護に力を注ぐ施設が増えている。瀬戸内海の自然が失われるなかで、水族館の新たな役割を求め、模索が続いている。



海を身近に

■瀬戸内の魚 肌で学ぶ(なぎさ水族館)
■市民ガイドが橋渡し(宮島水族館)

瀬戸内海の水族館(図表1)  水槽内を悠々と泳ぐ体長六十センチもあるコブダイや、岩に張り付いたヒトデ、ナマコを園児たちがこわごわと触る。山口県東和町にある町立なぎさ水族館のユニークさは、瀬戸内海に生息する生物との触れ合いを重視した点にある。

◆年5万人超の入館者

タッチングプールに入り、瀬戸内海の魚介類とのふれあいを楽しむ園児たち(山口県東和町のなぎさ水族館)(写真1)
タッチングプールに入り、瀬戸内海の魚介類とのふれあいを楽しむ園児たち(山口県東和町のなぎさ水族館)
 二階建ての水族館は広さ二百七十平方メートル。「日本で一番小さいかも知れません」と、佐々木克明主任研究員(40)が照れるほどの狭さだ。正面入り口を入ると「タッチングプール」と呼ぶ、ひょうたん型の水槽(深さ三十センチ、広さ二十五平方メートル)が目に入る。イシダイ、メジナなど約三十種類の魚や海藻などをそっくり詰め込んだ水槽は、だれでも自由に入れ、瀬戸内海を肌で感じ取ることができる。

 「海で遊ばなくなった今の子どもたちにとって、まず生き物と触れ合うことが大切だと思う。それだけに身近に海を体験できる施設を目指している」と佐々木さん。入館者は年間五万人を超える。

 もうひとつの特色は、飼育する生物の大半が瀬戸内海の魚介類で占めている点。他の水族館のように珍しい魚や海獣はいない。一九九〇(平成二)年の開館以来、地元の漁師が持ち込んだり、館員が海岸で採取したりした魚介類は、百五十種二千点にのぼる。手書きの説明板など手づくり運営が自慢である。

◆県外の学校とも交流

 都会の子どもたちとの海を通した交流も活動の柱の一つである。長野や秋田県内の小学校に毎年、魚や貝を送る。三年前から、近くの油田小学校(浜崎次朗校長、四十一人)の児童にタッチングプールを開放。採取した生物を横浜市中区の間門小学校(福井紘一校長、五百七人)に送り届ける活動にも協力してきた。間門小では、今も瀬戸内海の生物を校内の水族館で飼育し、海の大切さを学ぶ。

 なぎさ水族館の管理を委託されている野生水族繁殖センター代表で、元江ノ島水族館館長の広崎芳次さん(70)=神奈川県藤沢市=は「順路に沿って客が押し出され、展示する魚も似通う水族館が多いなか、地域の海にこだわる水族館があってもいいはず」と、新しい水族館のあり方を模索する。

「海の生命の大切さを伝えたい」とペンギンについて説明する村本さん(中央)らボランティアガイドのメンバー(広島県宮島町の宮島水族館)
「海の生命の大切さを伝えたい」とペンギンについて説明する村本さん(中央)らボランティアガイドのメンバー(広島県宮島町の宮島水族館)(写真2)
 日本三景の一つである宮島(広島県宮島町)の町立宮島水族館(塩田昭仁館長)では、昨年春から市民ボランティアによるガイドを始めた。瀬戸内海の水族館では初めての試みである。会社員や主婦、学生など二十代から六十代の二十人が、週末や祝日になると水族館に交代で通い、スナメリやラッコなどの解説をする。

◆専門知識身に付ける

 メンバーは水族館職員を講師にした勉強会に参加、スナメリの飼育を体験するなど、専門知識を身に付けながらガイドに取り組む。「米国のモントレー湾水族館など海外では、ボランティアによる解説員は当たり前。水族館で勉強して知識を深め、海や魚たちを思う心を入館者に伝えたり、地域と家庭に持ち帰ってほしい」と、同水族館企画広報係長の呼坂達夫さん(48)は狙いを説明する。

 ゴールデンウイークの日曜日、タッチングプールで、小学生の男の子がヒラメの尾をつかんで振りまわし、水中に投げ捨てた。「ヒラメにも命があるんだから、両手でそっと持ってね」と女性ボランティアが優しく諭す。強く握り締めると、子どもの力でも死んでしまうことがあるからだ。

 メンバーの一人、山口県和木町、主婦村本禎子さん(53)は、長男(19)が小学六年生だったころから六年間、自宅近くの干潟で母子一緒にカニの観察を続けてきた。「海を通してわが子と触れ合えた楽しさが忘れられずボランティアに応募した」という。

 「昔は見るだけの水族館だったが今は違う。子どもたちに海の素晴らしさを伝えたい」と、水族館の生き物と入館者との橋渡し役に力が入る。今ではガイドに加えて、干潟観察会を開いたり、貝や海藻の資料をつくるなど、活動の輪は着実に広がっている。



曲がり角

■行楽 教育重視 −ブーム去り問われる中身−

瀬戸内海の水族館入場者数の推移(図表2)  大阪海遊館がオープンした九一年、瀬戸内海の水族館十一館の総入場者数は九百三十六万人に急増した(日本動物園水族館協会調べ)。ところが、数年前から客離れが進み、ピーク時の三分の二に落ち込む=図表2。珍しい生き物で集客をねらうレジャー施設か、海の大切さを伝える社会教育施設か。ブームが一段落した今、水族館が両極の間で揺れ動いている。

 大容量の水でも割れないアクリルガラス水槽。画面の魚が飛び出して見える三次元立体映像。九〇年代に入り、汽車窓式の小型水槽に代わって、大水槽やハイテク技術を採用したマリンランド型の水族館が相次いで登場。ラッコやイルカといった海獣も人気を集め、入館者増につながってきた。

◆ソフト面の充実訴え

21世紀には新水族館に生まれ変わる下関水族館。地域に根ざした施設としての期待がかかる(写真3)
21世紀には新水族館に生まれ変わる下関水族館。地域に根ざした施設としての期待がかかる
 しかし、その一方で、どの水族館にも同じような魚や海獣しかいないため「どこも金太郎あめのようだ」といった声が聞かれだした。水族館関係者の間でも「入館者を増やそうと、珍しい生物を次々と見せ続けること自体限界がある。施設の巨大化、近代化だけでは客も満足しなくなった」と、客離れの原因を指摘する声は少なくない。

 「東洋一」のうたい文句で五六年にオープンした下関市立下関水族館。七四年に六十三万人を超えた入場者は、一昨年十七万人台と過去最低を記録。老朽化もひどく、新水族館としての移転建設が決まった。二〇〇一年の開館を目指し、約八十億円をかけ年内にも着工する。

 新水族館の目玉は「関門海峡」を人工的に再現した水槽。潮流が刻々と変化する大型水槽の中で、潮の流れや渦の発生、魚の生態などが観察できる。また、地元の特産でもあるトラフグの生態を展示や映像などで紹介する構想である。

 だが、同市の近藤栄次郎市議は「海の環境を守るという理念を掲げているのに、ハードが先行し、研究や運営を進める館長や学芸員が決まらないのは問題」と指摘。「地元にフグの研究者はいないし、新水族館の研究テーマもはっきりしない。単なるレジャー施設にしないためにもソフト面を重視すべきだ」と注文する。

◆自然破壊の実態紹介

 姫路市立水族館は、七五年に全国で初めて魚や貝に触れられるタッチングプールを開設した。最近では、他の水族館でも魚の観賞にとどまらず、飼育体験や海や浜辺に出て自然と触れ合うサマースクールなどを取り入れ、環境教育に力を入れるケースが増えている。

 同水族館の栃本武良館長は「珍しい海の生き物を見ることができる水族館も必要だが、これからは教育、研究、自然保護といった視点が今まで以上に求められてくる」と、水族館の新しい役割に期待する。

 尾道市の境ガ浜マリンパークフローティングアイランド水族園は今夏「瀬戸内海の環境」をテーマにした特別展を開く。アマモ、イカナゴなどの実物や漁獲量、海砂採取量のグラフなどを展示。環境汚染による生物の奇形や減少した事例、埋め立てによる藻場・干潟の消滅など自然破壊が進む海の実態を中心に紹介する。

 瀬戸内海は南洋と比べて魚の色や形がきれいでも奇抜でもないだけに、水族館でアピールするのは難しいといわれる。しかし「いつも生き物と接している水族館の職員は、海や生命の大切さを人一倍感じている。だからこそ身近な海の自然や生物の正確な情報を伝える必要がある」と鈴木康典副園長。海との触れ合いが少なくなった今、瀬戸内海の大切さを知らせる責務が水族館に求められている。



種の保存  −スナメリ−

◆異系統との交配抑制 −進む近親化 繁殖困難に−

宮島水族館の水槽で泳ぐスナメリファミリー。このままでは近親交配が進む恐れがあるという(写真4)
宮島水族館の水槽で泳ぐスナメリファミリー。このままでは近親交配が進む恐れがあるという
遺伝的に異なるスナメリの生息海域(図表3)
宮島水族館のスナメリ家系図(図表4)
 「国内のスナメリは、瀬戸内海など五つの海域で系群が異なる。遺伝的特質を守るためには他海域間の交配を避けるべきだ」。日本沿岸に生息するスナメリの遺伝子解析をした研究者が昨年秋に発表した分析結果は、種の保存に努める水族館関係者に大きな波紋を投げ掛けた。

 スナメリは瀬戸内海で生息数が減る希少種で、九三年から学術研究目的を除く捕獲が法で禁じられている。全国の水族館でも、三月末現在で十八頭しかいない。繁殖させるには水族館同士で交配するしかなかったのが、系統群の違いにも配慮を求められることになり、繁殖への道がさらに狭まったためである。

 水産庁遠洋水産研究所(静岡県清水市)の吉田英可・科学技術特別研究員(33)によると、全国の水族館や大学などが飼育、保存する個体、標本百二十一体からミトコンドリアDNAを抽出し、塩基配列を比較分析した。その結果、瀬戸内海―響灘、東京湾―仙台湾、伊勢湾―三河湾、大村湾、有明海―橘湾の五グループで遺伝子が異なっていた=図表3

 吉田研究員は「氷河期の影響による海水の増減で分断され、現在の五海域に分かれたと考えられる。遺伝的形質を守るためには海域ごとに保護が必要」という。

 日本動物園水族館協会の「スナメリ繁殖検討委員会」は、研究結果を受けて系群に配慮した繁殖計画を進めることにした。だが、同委員会の委員で宮島水族館の岡村博美主任技師(46)は、繁殖の難しさに頭を痛める。

 宮島水族館で飼育するスナメリは全国でも一番多い五頭。瀬戸内海で保護された雄二頭(後に一頭死亡)、雌一頭の間で三頭の雌が生まれた=図表4。ところが新しいスナメリが入らないと近親交配を避けられないことになった。「同じ系群のスナメリのいる水族館は他に一館。そのスナメリと交配してもやがて血縁は近くなる」と岡村さん。

 純粋な種の保存を貫くべきか。種の絶滅を防ぐためにある程度のかく乱を認めるべきか。水族館はそのはざまで揺れている。



生態解明へ居所探る  −カブトガニ−

 「生きた化石」として知られ、瀬戸内海で絶滅が危ぶまれるカブトガニ。まだ未解明な行動範囲や産卵・休眠場所、雌雄の行動習性などの生態を調べるため、笠岡市のカブトガニ保護対策調査委員会が昨年秋、発信機を着けた成体一匹を笠岡湾に放流した。

 カブトガニ繁殖地として一九二八年に国の天然記念物に指定された笠岡湾は、干拓地の造成に伴う環境悪化で危機的な状況を迎えている。このため、地元の市民団体「カブトガニを愛する会」や市立カブトガニ博物館(柚木幹夫館長)が九五年から三年間、他の繁殖地から譲り受けた成体計二百四十二匹を干潟に放した。

 一匹ずつ標識を付けて放流した追跡調査で、捕獲された個体は百十七匹。その大半が五キロ以内で生息していた。しかし、同博物館の惣路紀通学芸員(41)は「捕獲したカブトガニのうち、標識のない成体は一匹しかいなかった」と顔を曇らせる。放流したカブトガニは確かに育っているが、笠岡湾で生まれたカブトガニの生息を示すデータがあまりにも少ないからである。

 昨秋放した発信機付きカブトガニは、冬場の休眠期間で数十メートルしか動いていなかった。活動が活発化する六月にも、数匹のカブトガニに発信機をつけて放流し、調査を再開する。「今の笠岡湾全体にカブトガニを育てる力はない。産卵・休眠場所を突き止め、特定地域に大量放流すれば繁殖できるかも」と惣路さん。

 「二億年もの間、これ以上進化を必要としないほどカブトガニは進化を遂げてきた。しかし、笠岡湾はここ十数年でその生命を脅かすほど変わった」。種を守る研究はこれからも続く。



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