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| イカナゴの新子を売る「魚の棚」商店街の魚屋さん。時に行列もできる (兵庫県明石市) |
三月。明石沖の播磨灘には三、四センチに育った新子を狙う船が、朝 早くから出ていた。イワシと同じ船引きのパッチ網。林の港から、 総毛教泰さん(26)が操る運搬船で沖へ向かった。
「大阪湾からの上げ潮の時が漁はいいけど」。総毛さんの話を聞 くうち、たちまち漁場についた。鹿ノ瀬である。冷たい水を好むイ カナゴは、この長大な浅瀬の砂の中で夏眠。十二月ごろ、目覚めて 産卵する。
携帯電話を手に魚群探知器を見ていた総毛さんの声がはずんだ。 「深さ十メートルの所。大きい群れが二個や」。網を揚げる。カタクチイ ワシの稚魚とそっくりな透き通った魚体である。
この新子をしょうゆ、ざらめ砂糖、ショウガなどと煮つめたの が、明石に春を呼ぶ名物「イカナゴのくぎ煮」である。新子がそり くぎに似た姿になるので、その名がついた。くぎ煮こそ新子の高値 の秘密だった。
運搬船はまっしぐらに港へ帰った。水揚げされ、競り落とされた 魚は軽トラックですぐ運ばれる。鮮度が勝負なのだ。
国道2号から少し南に入った魚の棚商店街。十五軒ある魚屋で は、一キロずつポリ袋に入れられた新子が、一袋八百円で売り出され た。「もう何キロ炊いたかなあ」「親類や友達に送るんやわ」。二 つ、三つと買う人もいる。
「港に揚がってから二時間以内でないと味が落ちる。作られる地 域が限られるから珍しく、人に送っても喜ばれる」。港そばの林崎 漁協の企画担当、鷲尾圭司さん(44)はくぎ煮を名物に育てた一人で もある。
イカナゴは戦後、フルセと呼ぶ親を釜あげにしたりして売った。 しかし食糧事情がよくなると売れなくなり、養殖ハマチのえさとな る。キロ三―五十円だから、量が勝負。大漁貧乏の典型だった。
「大衆魚は鮮度落ちが早いから、高級魚のように広域流通には向 かない。産地でしかおいしく食べられない小魚を、人がどう食べる かなんです」と鷲尾さん。付加価値として考えられたのが、くぎ煮 であった。
フルセを煮た昔の漁師料理をもとに、味にくせがない新子を使っ た。くぎ煮は、漁協の婦人部が魚食普及のひとつとして、公民館な どで広めた。
ご主人が神戸市須磨区で網元をしている山田千賀子さん(54)は十 年余り、講習を続けてきた。「おばあちゃんから聞いたやり方を工 夫し、広めてきました。私も親類、知人に送ってます」。ここ五、 六年でくぎ煮はやっと軌道に乗った。
新子は二月末から三月が漁期。売れるのは一日二五―五〇トンで、 それ以上捕ると値崩れする。林崎漁協は水揚げ量を見ていて、限界 がくると漁を止める。「価格が安定すれば乱獲せずにすむ。子を残 せば次の再生産につながる。タイなどのえさにもなり、一本釣りの 高級魚の漁獲も増える」と鷲尾さん。
くぎ煮という新しい伝統づくりは一石二鳥、三鳥にもなったので ある。