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冬になるとシベリア方面から飛来するアビ科のシロエリオオハム (広島県) |
一九六四(昭和三十九)年、県民のはがき投票によって選ばれた。メジロを最後に追い抜いて、トップになった。
アビ漁で生計を立てていた安芸灘の豊島、斎(いつき)島の漁師や小学生も、せっせとはがきを書いた。当時、千羽くらい来ていた飛来数は、ここ数年、百羽単位となり、アビ漁は中断したままだ。
最後まで網代があった斎島の漁師北瀬一四さん(64)は、いまでも伝馬船のそばに寄って来てクックラ、クックラと鳴き交わすアビの声が耳に残っている。
「人間に話しかけるようにアビがタイの居場所を教えてくれるんじゃ。『こっち来い、こっち来い』いうてね。斎の網代にゃあ、櫓(ろ)かい船がひしめき合うように漁しよりました」
アビ科の鳥で、この海域に来るのはシロエリオオハムが多い。冬になると、シベリヤ方面から瀬戸内海にやって来る。
アビ漁は、この鳥とイカナゴ、タイ、漁師が一体となって行う世界でも珍しい漁法である。
アビは好物のイカナゴを追って海中深く潜る。すると海底にいたタイが追われるイカナゴに食らいつく。挟みうちになったイカナゴは海面に上がって来る。アビは円陣を作るようにイカナゴの群れに襲いかかる。
アビが盛んに働き始めた海面に漁師が釣り糸を投げ込むと、面白いようにタイが釣り上がる、という仕組みである。
元禄時代からおよそ三百年続く伝統漁。一九三一(昭和六)年には豊島、斎島近海は「アビ渡来群游(ゆう)海面」として国の天然記念物に指定された。
その伝統漁も、主役のアビの飛来数が次第に減り続け、八八年を最後に途絶えたままだ。
広島県のデータによると、八二年の九百羽をピークに激減し、八九年以降は百羽台が続いている。
さまざまな要因が推測される。北瀬さんら地元漁師の結論は、ほぼ二つに行き着く。
えさとなるイカナゴの減少、憶病なアビを脅かす海域へのレジャーボートや大型船の航行の二つである。
「竹原沖からこっちで海砂をごっそり取り続けるんが最大の原因よ。イカナゴが育つゆりかごがない。えさが無くなりゃあ、アビも来ん」と北瀬さんは嘆く。
もう一つの事件も影響しているという。八五年二月の密漁事件。松山市のハンターがアビを撃った。
アビ漁師が、漁の神様とあがめ、築きあげてきた信頼関係が一気に崩れた、というのだ。
越冬時期にちょうど換羽期を迎えるアビは、一時期飛べなくなる。泳いでえさを捕るしかないこの時期に、走り回るレジャーボートの恐怖も相当なものだ。
県は九五年、アビの行動海域を「特別保護地区」とし、十二月から四月までの間、レジャーボートなど動力船の航行規制を決めた。「アビが安心して過ごせる環境に」との漁師や地元の粘り強い運動にこたえた。
アビ漁には「鳥付きこぎ釣り漁業」という第四種共同漁業権が設定されている。
十年ごとに更新される漁業権は九三年に切り替えがあった。既にアビ漁は、途絶えており、県は更新の必要なしと考えていたが、地元の強い反発で更新された。
「アビが舞い戻りゃあ、そりゃあまた伝馬船をこぎ出したいですよ」。豊島、斎島の漁師の共通した思いである。