'98/3/16

タイトル

 町おこしで競い合う −上下一対

 呉市仁方港から下蒲刈島行のフェリーに乗った。

 本土と島を結ぶ安芸灘大橋は水色の主塔間にケーブルが渡され、工事が進む。フェリーがケーブルの真下をくぐると、二つの島が目前に迫った。

 上蒲刈と下蒲刈は蒲刈大橋で結ばれた一対の島のように映る。山はいずれも特産のミカン畑。ほどよく手入れされ、山上まで白いガードレールが延びる。

 とかく二つの島は比較される。上蒲刈島の蒲刈町は、「日本の渚(なぎさ)百選」にもなった県民の浜など豊かな自然を売り物に、マリンリゾートで名を上げた。温泉や天体観測館、宿泊施設も整備されてほぼ十年。年間四万人が訪れる。

 一方、下蒲刈島の下蒲刈町は江戸時代、この島に立ち寄り、宿泊した朝鮮通信使ゆかりの資料館をつくった。藩の接待所として「安芸蒲刈御馳走一番」と記録されたのが自慢である。

 通信使資料館、総ヒノキ造りの美術館などを核に「全島庭園化」を目指している。

□ □ □

写真
蒲刈大橋
 橋が結ぶ上蒲刈(右)と下蒲刈。安芸灘大橋(中央奥)で本土とつながる
 二つの町はそれぞれ「国際化教育」にも熱心である。

 蒲刈町は中学生の希望者全員を町費で夏休みの一カ月間、英国留学させる。昨夏が六回目で延べ百人を超えた。

 一方の下蒲刈町は一九八九(平成元)年以来、ニュージーランドから招いた三家族に、二年間ずつ住んでもらい、地域ぐるみの交流を図る。

 蒲刈町企画振興課長の村地潔さん(50)は「異文化体験がモノをいっている。島の子たちがものおじせず、積極性も出てきた」と胸を張る。下蒲刈町総務課長の柴村隆博さん(46)も、島の国際化の取り組みには自信を持つ。

□ □ □

地図
 観光化、国際化へのそれぞれの取り組みを島外から眺めると、ついつい比較したくなる。柴村さんに水を向けると「いやあ、またその質問ですか」と苦笑まじりに答えた。

 「競り合ってもいないし、特別に仲が悪い訳でもない。お互い町の独自性を出そうと頑張っている。いい意味で張り合い、お互い刺激し合えればいいんです」 両島には七九年、蒲刈大橋が架かった。それぞれの島を巡る町営バスはあるものの、島を通い合うバスは無い。

 下蒲刈町丸谷にある下蒲刈病院は、両島でただ一つの町立総合病院である。午前中の診療が終わると、病院のワゴン車がお年寄りの患者を家まで送り届ける。高齢化の進む島の病院ならではのサービスである。

 「それにしても…」と蒲刈町から船、バスを乗り継いで通うお年寄りは口々に嘆く。「帰りは楽じゃが、来るのはしんどい。橋があるんじゃけえ、お互いの町営バスが乗り入れてくれんかの」。そんな願いは橋完成時からあるが、行政に届かない。

□ □ □

 建設中の安芸灘大橋が九九年度に完成すれば本土とつながり、二つの島は離島でなくなる。架橋後には蒲刈町の場合、四十九億円規模の町予算の半分近くを占める国、県の離島振興対策補助金がカットされる。下蒲刈町も同様である。

 国、県の予算が見込めるうちにと、両町は産業、道路、福祉の基盤づくりを急いでいる。

 蒲刈町は、県民の浜を核にした健康保養の島「アイランドテラピー」構想を打ち出した。下蒲刈島は、今夏完成の「昆虫館」などで全島庭園化の仕上げに取り掛かる。

 「橋が架かれば、二つの島は一つの半島。両方が浮かび上がらんと、沈んでしまう」。病院の待合室で、ワゴン車を待つ老人がポツリとつぶやいた。


MenuNext