'98/3/19

タイトル

 周囲圧する巨大煙突 −火電の島

 目印は高さ二百メートルの「煙突」である。中国電力が、広島県大崎町の長島に建設中の大崎火力発電所。対岸の竹原市はもちろん、遠くの島々から望める。

 その煙突が、大崎上島から長島大橋を通って長島に渡ると、さらに巨大に見える。

写真
長島大橋
 中国電力が火電建設で架け、大崎町に無償譲渡した。資材を運ぶトラックがひっきりなしに通る
 大崎火電は出力五十万キロワット、石炭を燃料とする。敷地は四八・五ヘクタールで、長島の全面積の約半分を占める。

 建設現場には、資材を運ぶ大型トラックが、ひっきりなしに出入りする。そのトラックが通る長島大橋は、一九八七(昭和六十二)年に完成した全長四百メートルのトラス橋。中電が、火電建設のため三十一億円かけて造り、大崎町に無償譲渡した。火電建設のための橋である。

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 建設所次長の玉置浩二さん(50)に、工事現場を案内してもらった。

 ボイラーやタービンのある本館の鉄骨が組み上がっている。管理棟、石炭の粉じん防止の屋内貯炭場、水タンク、石灰岩貯蔵サイロ。海岸には石炭を荷揚げする桟橋、それを運ぶコンベヤー。工事進ちょく率はおよそ五〇%という。

 現場を回っていると、どうしても煙突に目がいく。玉置さんは「赤と白の派手な煙突ではなくて、白にベージュ、ブルー、グリーンの三色の線を入れ、自然にマッチするよう配慮しています」と説明する。

 総工費は千八百億円。二年後に二十五万キロワット分の運転を開始し、さらに二年後には全面運転の予定である。

 大崎火電は福山、広島と都会の電力需要のため七九年に建設が決まった。それから二十年の間に、幾多の曲折があった。

 当初は、石油火力で計画したが、エネルギー事情の変化で石炭に燃料を変更。電力需要低迷で一時凍結したこともある。建設反対の運動も、二十年を超えて続いている。

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地図
 ミカン農家、田房昇さん(79)の家は、広大な火電用地の端にぽつんと残っている。妻のサワ子さん(82)と二人暮らし。「先祖の土地を簡単に売るわけにはいかん」と、訴訟を起こして火電建設に反対してきた。しかし、工事は着々進む。

 「この島は温かくてええ所なのに、火電ができたら空気が悪くなってしまう。じゃが、大きなものに立ち向こうても、どうにもならん」

 庭は田房さんが手づくりで築いた日本庭園。その背後に、火電の煙突がドーンとそびえ立っていた。

 島の南半分は火電用地だが、北半分は民家が点在する。ミカン畑沿いに、起伏のある舗装道路を歩いた。小さな浜辺に出ると、吉田クニエさん(73)が網の手入れをしていた。

 「橋ができて歩いて病院に通っている。一時間半はかかるが、ぼちぼちよの。人が少のうなったが、住むにはええとこよ」

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 その浜の近くに、小さなリゾートホテルがあった。見晴らしがあまりよくない場所。「こんな所に何で」とホテルに聞くと、「火電の工事関係者がそこそこいます。夏場は海水浴の家族連れも結構いるんですよ」という答えが返ってきた。

 建設現場の工事関係者は、およそ千人。一方、もともとの島民は火電の建設で大崎上島などに集団移転して大幅に減った。二十年前の百三十八人が、現在はわずか二十四人である。


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