'98/3/20

タイトル

 料理も工夫 販路拡大 −ワケギの里

 寒さが募るほど、ワケギは独特のぬめりが増し、味もよくなる。霜ごとに、うまみを増すのである。

 正月が明け、桃の節句ごろまでが、ワケギ出荷の最盛期である。冬のこの時期だけは、島の農家は厳しい寒さを待ち望む。

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写真
向島大橋
開通後は特産ワケギの輸送も船からトラックに変わった
(対岸が岩子島)
 尾道市の対岸、広島県向島町の岩子(いわし)島は日本一のワケギの里として知られる。御幸瀬戸に架かる赤いアーチの向島大橋を渡ると、青臭いワケギの香が島全体に漂っていた。

 わずか百四十メートルの瀬戸に架かるこの橋は、日本で初めての海を渡る農道橋として、一九六八(昭和四十三)年七月に完成した。尾道と向島を結ぶ尾道大橋に遅れること二カ月であった。

 岩子島に架かる橋だから「岩子島大橋」と命名されるだろう。島の人は信じて疑わなかった。ところが付いた名前は「向島大橋」と聞かされ、がっかりした。

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地図
 町役場の説明は、本土と向島を結ぶのが「尾道」大橋なら、向島と岩子島に架かるのは当然「向島」とのことだった。

 「わしらは岩子島の名を橋に残したかったが…。結局、大きい方が力を持っとったいうことでしょうの」。戦後まもなくワケギ栽培を手がけた三阪薫吉さん(63)はいまも悔しい思いをしている。

 「それまでは渡船に積んで、トラックに積み替え、糸崎駅から貨車で京阪神に送り出しとった。橋ができて本土とつながりワケギ産地として飛躍的に伸びたんですよ」

 三阪さんは、トラックで次々に出荷されるワケギの箱を見ながら、橋のおかげを強調する。

 一、二月の厳寒期。トラック便は、大消費地の京阪神に向かう。向島町と尾道、三原両市で全国の九割近くを生産する。

 岩子島だけで昨年は約千三百トンを出荷。四・五キロ入りの段ボール箱に換算すれば、ざっと二十九万箱が橋を渡った計算になる。

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 日本一の産地の悩みは、ワケギ需要の伸び悩みである。ワケギ市場は京阪神中心。ようやく名古屋まで開拓したが、関東では食べる習慣がないという。

 広島県は広島空港開港を前に、東京市場に空輸するフライト農業によるワケギ産地育成を試みたが、さっぱり売れず、早々に中断した経緯もある。

 農協ワケギ部会(百五十六軒)もようやく消費拡大に腰をあげた。女性メンバーの河岡定子さん(52)は、昨年初めて名古屋のスーパー店頭で販売促進のキャンペーンに加わってみて驚いた。

 「店頭でヌタを作ると、関心を持ってくれるのは年寄りばかりで困った。若い女性は、酢やみそを使った料理は好まず、ヌタも作れない」というのだ。そんな体験から、河岡さんら部会の女性グループは早速、島の主婦らに呼び掛け、若者向けのおいしいワケギ料理を募集した。

 ベーコン、ツナを使ったいためものやサラダ、納豆と合わせた一口てんぷら、エビ、イカと一緒にあえたビールのおつまみ―など趣向を凝らした二十四点が寄せられた。

 それぞれの試食会の人気も上々。栽培農家の主婦たちは、それぞれ創意工夫して、ワケギ料理を楽しんでいた。

 農協もこの中から新しい料理法を選んでパンフレットを作り、販売促進に役立てることにした。

 「ワケギといえばヌタ」のイメージをまず払しょくしようとの試みだ。「出荷するばかりでなく、料理方法を添えるのは消費者へのアフタケア」との考えである。


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