'98/3/23

タイトル

 生活圏狭まる高齢者 −消えた船便

 瀬戸内海のほぼ真ん中に位置する愛媛県弓削町は、隣の因島市がくしゃみをしたら風邪をひく、と言われている。

 一九八〇年代の造船不況。因島の日立造船が新造船から撤退すると、弓削町の人口が急激に減る。七千人いた人口も現在は四千人余り。それでも上水道、通勤・通学、買い物や病院通いと、いずれも広島県とのつながりが深い。

 しかし、二年前に完成した弓削大橋は、因島に架かる橋ではない。弓削島と同じ町内の佐島を結ぶ離島間の橋。隣の生名島、岩城島を結ぶ「上島諸島架橋計画」の第一弾という位置づけだ。本土につながる見通しは、今のところない。

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写真
弓削大橋
フェリーが到着する弓削港から望む斜張橋
(橋の向こうが左島)
 ゴルフ場開発に反対する住民運動をしてきた「弓削の自然を考える会」のメンバー、主婦塩見美保子さん(48)は「私の生活圏は因島。本土とつながるのならともかく、離島間の橋に四十八億円もかける必要があったのかどうか、議論したことはなかったですよ」と言う。

 塩見さんは、橋が架かった佐島で生まれ育った。小学校五年生の時、弓削島に引っ越し、一年間は渡し船で佐島の小学校に通った。

 佐島への思いは人一倍の塩見さんは「救急車が通るようになって、ありがたいと思います。橋が開通して車の人は確かに便利になりました。でも、車に乗れない佐島のお年寄りには、むしろ不便になったのでは」と指摘する。

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地図
 架橋に伴い、弓削島ー佐島間の渡船佐島丸が引退した。弓削、佐島、生名、因島を結んでいたフェリー青丸も朝夕の通勤・通学便を残して航路を廃止した。

 佐島を担当している町保健センターの保健婦長、谷井宜子さん(57)は「車でさっと行けるので、橋はありがたい」と便利さは認める。半面、お年寄りの訪問指導や健康相談をしていると「車に乗れない高齢者には、船が足なんです。弱い人にしわ寄せがいってしまう」と思う。

 弓削町は昨年春、保健センターのオープンに合わせて、保健婦三人を全国公募した。谷井さんはその一人。「この地で有終の美を飾りたい」と埼玉県幸手市に、夫と娘二人を残して単身赴任した。

 弓削町は四人に一人が高齢者。今後さらに高齢化は進む。そのうち半数以上が一人暮らしである。町は「健康長寿一〇〇歳のまちづくり」を掲げて、高齢者対策に取り組む。その高齢者が、架橋で不便になるのも、皮肉である。

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 架橋による航路の影響は、弓削町だけではない。弓削大橋が目の前に見える生名島も航路縮小のあおりを受けた。

 佐島港の待合所で、フェリーを待つ白髪のおばあちゃんに声をかけた。生名島に住んでいるおばあちゃんは「生名と佐島の間は、船便が減って困ってるんですよ」と嘆いた。

 弓削港からフェリーで生名島に渡った。わずか七分。港近くの生名村役場で、村上貞俊村長(73)が「生名に橋が架かったわけでもないのに、船便が減るのは理屈に合わんでしょう」と苦笑いする。

 島に橋が架かれば、船便が減るのは時代の流れだろう。だが、架橋の実現が高齢者にしわ寄せが行くのも、離島の悲哀である。


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