'98/3/26

タイトル

 神戸支える未来都市 −人工島

 みなと・神戸のノッポビル、貿易センタービルから、くしの形をした人工島が一望できる。

 一九六六(昭和四十一)年から造成が始まり、八〇年に完成したポートアイランドである。

 面積は四百三十六ヘクタール。甲子園球場の百二十倍だ。中心部にマンションなど近代的なビルが並び、一万六千人が住む。外側は港湾施設でガントリークレーンが林立する。

 六甲山系の山を削り、土砂は地下のベルトコンベヤーで運搬し、海を埋め立てる方式。「山、海へ行く」のキャッチフレーズで世界の注目を浴びた。削った跡地は宅地になり、一石二鳥というわけだ。

 高度経済成長期、都市経営の優等生ともてはやされた「株式会社・神戸市」の象徴が、ポートアイランドだった。

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写真
神戸大橋
上下二層式で隣をポートライナーが走る
(向こうが神戸市街)
 新交通システムのポートライナーで、ポートアイランドの中公園駅に降りた。海上都市を歩いた。

 高層マンションが並ぶ団地、小・中学校、市民病院、高層ホテル、服飾関係のビルが並ぶファッションタウン…。センスが良くて、整然としている。「未来都市」という感じである。

 ところが、高層ビルの見える空き地や公園に、阪神大震災の被災者の仮設住宅が残っていた。プレハブ住宅には二月末現在、二千余の世帯が暮らしている。

 第二仮設住宅をのぞいた。見かけるのはお年寄りばかり。自治会副会長の桜井達雄さん(64)が「市営住宅の申し込みをしてるんやけど、これで四回外れですわ」とため息をついた。時々、港湾の大型トラックが走る。プレハブが揺れた。

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地図
 ポートライナーのポートピアランド駅に近い市青少年科学館で、上川庄二郎館長(62)に会った。二年前、市消防局長を最後に退職した上川さんは神戸の都市開発を推進した一人。

 「阪神大震災で株式会社・神戸市はつぶれた、という人もいるが、ポートアイランドと六甲アイランドを造ってなければ、神戸市は飯が食えなくなってますよ。神戸の都市開発は間違がっていない」

 上川さんは、自信満々に言い切る。

 震災で岸壁の港湾施設は壊滅したが、中心部の住宅やビルは被害が少なかった。問題は、対岸との生命線が「神戸大橋」ただ一本だったことである。神戸大橋は橋脚が傾いた。ポートライナーも橋げたが壊れて不通になり、市街地との交通が断たれて孤立した。

 ポートアイランドのマンションに住む喫茶店経営、中口健さん(45)は震災当日朝、一番のポートライナーに乗るために中公園駅にいた。「改札口に五歩入ったところでドーンときた」と当時を思い出す。

 「しばらく水とガスがなくて大変でした。橋は部分開通したけど、わずか三キロが一時間もかかる大渋滞ですねん。市街地にある店には、全面開通まで自転車通勤ですよ」

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 震災の教訓で、人工島へのバイパス計画が進む。ポートアイランドへの海底トンネルは、来年開通の予定だ。隣の六甲アイランドと橋で結ぶ計画もある。

 ポートアイランドは二期分三百九十ヘクタールの造成が、九〇パーセントまでできている。その沖には、神戸空港の人工島計画が進む。

 人工島は今も拡張している。


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