'98/4/10

タイトル

 島から世界と行き来 −夢のベース

 春の日差しをいっぱいに浴びた庭の食卓。米国人のカート・バンボルケンバーグさん(39)と横山敬子さん(47)夫妻に、昼食をごちそうになった。

 香川県丸亀市沖の小さな島、牛島。聞こえるのはウグイスの鳴き声くらい。メジロが庭木に止まって、飛んでいった。時間がゆっくりと流れる。

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写真
手づくりのカヌーを妻の敬子さん(右)に見せるカートさん
(香川県丸亀市牛島)
 「この前、九十二歳のおばあちゃんが亡くなって、島の人口は二十二人になったんですよ」

 カートさんと敬子さんが顔を見合わせた。

 二人は、服飾デザイナーの敬子さんが開いていた高松市のブティックで知り合い、十二年前に結婚した。四年間米国で暮らし、四年前から敬子さんの故郷・牛島に住み始めた。

 牛島は、江戸時代「内海の海上王」といわれた豪商、丸尾五左衛門の本拠地。戦後、ミカンの島として人口も二百人を超えたが、今その面影はない。荒れた畑、廃屋が目立つ。

 「丸亀から六キロしか離れてなくて、電気も水道もある。ここがアメリカだったら、医者と弁護士が押さえて、山の上までびっしりと家が建ち、みんなのあこがれの島ですよ。ところがこの島は、どんどん人がいなくなる」

 カートさんは両手を広げて、信じられないという表情をした。

 「画家やものを書く人だったら、いいところです。インターネットで在宅勤務が普及すれば、島でも住めるようになります。ただ、島民が土地をなかなか手放さないので、住みたくても住めない。土地がリースできるよう、行政が手助けしてくれれば…」

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地図
 庭には野菜が植えられていて、食卓を飾る。魚は島の漁師からよく届く。敬子さんの母親が島で米も作っていて、自給自足に近い生活ができる。

 二人の住む島の家も、十年前にカートさんが三年がかりで建てた自前の家だ。別荘風のしゃれた木造二階建て。廃材を利用し、家具もほとんどが手づくりである。

 昨年秋には、敬子さんが服飾デザインを手がける仕事部屋を庭の一角に建てた。カヌーも独学で五隻造った。

 牛島に住み始めて間もなく、カートさんは友人の宿泊用として、百五十年ほど前の日本家屋を修理、改造した。それが口コミで評判となり、民宿「アイランドガール」を開業した。

 夏場は毎年、百人ほど訪れる。海外からもヨーロッパや北米、南米など十三カ国からやってきた。カートさんの知り合いやその紹介で、と輪が広がる。

 カートさんは大学を卒業した後、建築関係やきこりなどさまざまな仕事をして、金がたまればリュック一つで世界を旅行してきた。 「アジア旅行のついでに寄った日本で、日本建築に興味を持つようになって、居つくようになりました」 結婚してからも、英語教師や建築の契約仕事をしては、余裕ができると旅に出る生活を続けている。一昨年は三カ月間オーストラリアとニュージーランド、昨年末から一月にかけては米国を夫婦で旅行した。

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 ニューヨークの海辺に育ったカートさんは、島に住みたかった夢が今、実現している。瀬戸内海は風光明美で、波穏やか。いつでも自作のカヌーでこぎ出して、海を満喫できる。

 カートさんにとって牛島は「ベースキャンプ」である。


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