心はぐくんだ島の家/消える学校



3月15日、広島中学の卒業式。みんなに見送られて
学校を後にする卒業生

(香川県丸亀市の広島)

 子供たちが消える。統廃合で学校が消えていく。過疎化と高齢化 が進む瀬戸内海の島。だが、暗さはない。潮騒の聞こえる学び舎 (や)には、都会にはないのびやかな自然環境がある。海は人づく りの場でもある。

 ふるさと広島  平井雅子

 花屋はないけど
 野に咲く小さな花がある
 信号も歩道橋もないけど
 ヤマモモを採りつつ帰る道がある
 明かりも楽しげなざわめきもないけど
 星降る夜の静けさがある
 本屋も図書館もないけど
 自然という豊かな本がある
 駅もバス停もないけど
 誰をもあったかく迎えてくれる港がある
 人は少ないけど
 だからこそ島じゅうの人が大きな一つの家族なんだ
 ここふるさと
 広島

 香川県丸亀市沖に浮かぶ「さぬき広島」でただ一つの中学校、広 島中の校庭に昨年十一月、開校五十周年の記念碑が建立された。そ の記念碑に刻まれているのがこの詩である。

 除幕式から四カ月後の三月十五日、広島中の卒業式があった。卒 業生は三人、在校生一人。その二年生、石井翼君は四月から四国本 土に転校して、広島中は休校になる。式に参列した親や地域の人た ちに、母校への思いがよぎった。

 「校長先生は走っている姿がすてきでした。チューリップのよう な村上先生。演劇祭、文化祭などで指導してくださった山地先生。 安心して頼れた泉先生…。広中の仲間は家族でした」

 卒業生を代表して平井桂子さんが、十人の先生一人ひとりにお礼 の言葉を述べた。早春、生徒の少ない体育館は冷え込んだが、心の 通い合っているのが伝わってくる式だった。

 中学の並びにある島でただ一つの小学校、広島小の児童はわずか 四人。遠からず、島から学校がすべて消える恐れもある。

 広島中三年の時に冒頭の詩を書いた平井雅子さん(19)は桂子さん の姉。丸亀市にアパートを借りて弟と住み、岡山大医療技術短大に 通っている。

 「広島って、詩に書いているそのままなんですよ。いいところだ けど、学校や勤めのためにみんな島を出て行くんです。寂しいけど 仕方がない」

 広島は周囲十八・五キロ。塩飽諸島で最も大きい島だ。青木石と呼 ばれる花こう岩の産地だが、外国産の安い石に押されて石材業は細 る一方。人口は現在五百七十四人、ピーク時の五分の一になった。 広島中の生徒数も昭和三十年代には二百人を超えていた。トライア スロン、魚祭りなど島おこしのイベントも、人口減の流れを変える ことができない。

 五年間、国語を教えた山地千晶先生(36)を香川県多度津町に訪ね た。この春までの二年間は翼君一人だけのクラスを担任した。

 「一対一だとお互いに相手が見え過ぎて、距離のとりかたがむず かしいんです。しんどかった。でも、翼君が休んだ日は、教室の風 景、海の色まで違って見える。一人の存在がこんなに大きいという ことを知りました」

 山地さんはその思いを短歌に詠んだ。

 翼君ひとりのクラスを担任し一人の重さと輝きを知る

 「学校って地域の未来を育てるところ。休校でその未来が消えか かっているんです。どうにもならないんでしょうか」

 夏、広島中を再び訪れた。二階建ての校舎が、わずか四カ月しか たっていないのに、色あせて見えた。記念碑も夏草に覆われてい た。

 (解説委員室・枡田 勲)


Menu