
| ’99しまなみシンポ |
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自然と対話 共生の道学ぶ
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五月一日の瀬戸内しまなみ海道(本四連絡橋尾道―今治ルート)開通まで一カ月余り。沿線の魅力発信や振興への課題を探る「’99しまなみシンポジウム はっしん海道物語―交・楽・学へのいざない」が二十一日、広島県豊田郡瀬戸田町のベル・カントホールであった。このシンポを手始めに開学した生涯学習ネットワーク「瀬戸内しまなみ大学」を、どう生かして地域を輝かせていくか、討議した。
開学式を兼ねたシンポには広島、愛媛両県から約六百人が参加。瀬戸田町出身で学長に就任した平山郁夫さんが特別講演で開学を宣言し、同志社大教授の森浩一さん(考古学)が基調講演した。午後からは森さんと九州大教授の柳哲雄さん(沿岸海洋学)、広島大教授の戸田常一さん(地域経済学)、広島大非常勤講師の袁葉さん(中国語・中国文化)の四人がパネルディスカッションをした。コーディネーターは都市環境デザイナーの花輪恒さんが務めた。
(討議詳報は敬称略)
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コーディネーター
都市環境デザイナー はなわ・ひさし
1947年東京生まれ。環境デザイン会社経営。広島大非常勤講師、広島県景観アドバイザー。主な著書は「都市と人工地盤」「都市景観のデザイン」、共著は「アーバンロードデザイン」など。
同志社大教授 もり・こういち
1928年大阪府生まれ。しまなみシンポでは97年の「瀬戸内の海人たち」(尾道市)、98年の「瀬戸内の海人たちU」(今治市)で基調講演した。著書は「巨大古墳の世紀」「古墳の発掘」など多数。
九州大教授 やなぎ・てつお
1948年徳山市生まれ。愛媛大教授を経て現職。主な著書は「潮汐・潮流の話―科学者になりたい少年少女のために」「沿岸海洋学」「海洋観測データの処理法」「風景の構造」「風景の変遷―瀬戸内海―」など。
広島大教授 とだ・つねかず
1951年大阪府生まれ。京都大助教授を経て現職。広島大経済学部付属地域経済研究センター長。中国経済連合会瀬戸内海部会ワーキング部会長。主な著書は「瀬戸内海の生物資源と環境」(執筆分担)など。
広島大非常勤講師 えん・よう 北京市生まれ。北京放送大学で講師を務め、1985年に文部省奨学生として来日、広島大大学院で国際社会論を修了した。広大のほか、広島修道大でも非常勤講師を務めている。テレビ、ラジオでも活躍。 |
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欠かせない継続的研究 柳さん整備と保全地域で判断 戸田さん 花輪 しまなみ大学をどうしていくか。それを中心にディスカッションしていきたい。まず、それぞれのお考えを聞かせてください。 柳 日本では人が山と面白い付き合いをしてきた。一番よい例が里山だ。二、三十年ごとに落葉広葉樹を伐採する。炭ができる。シイタケもつくれる。小動物、昆虫も来る。人や生物にとって自然と最も調和した在り方だ。これを海に当てはめれば、栽培漁業が「里海」。クヌギを植えるようにマダイの稚魚などを放流し、育てる。今では、稚魚をどうやって産卵させ、どんなエサを与えれば、大きくなるか分かってきた。 ただ、水がだめになったら、栽培漁業もできない。里海としての瀬戸内海を維持するための技術開発を考えるべきだ。沿岸住民が水質をきちんと保ち、人と自然の共生の在り方を示す。しまなみ大学が、その一環を担うことができれば、と思う。 戸田 開通で島しょ部の町の仕組みや在り方が変化するのは間違いない。他地域とのつながりが太くなり、人の動きが活発になる。時代の流れに任せていけば、地域社会や環境の面でゆがみができる。何を保全し、何をつくるか、を地域自ら考えていくべきだ。一地域で難しい場合は、交流と連携が必要だ。しまなみ大学で、一緒に相談していける機会ができる。 しまなみ開通は瀬戸内海を囲み中四国、九州、さらに関西を含んだ広域的な交流圏づくりへの機会でもある。広島、松山、京阪神、九州、東京などから人が来る。それも視野に入れながら、しまなみ大学の発展を考えることが大事だ。 袁 来日二週間目で日本の友人に「どこに行きたいか」と聞かれ、「瀬戸内海」と答えた。 多々羅大橋は、船から見ると、ツルが飛び立とうとしている姿に見えた。さらに車で近づくと、橋のケーブルが微妙に動き、女性の指でハープを奏でているよう。瀬戸内のメロディーが聞こえてきそうだった。 森 東京の貝塚で五、六年前に縄文時代の海岸線に棒杭(ぐい)が打ち込んであって、カキの貝殻が着いているのに驚いた。縄文時代は狩猟、採集経済と言われているが、この棒杭からカキの成長の手助けしていたのではないかと想像できる。カキ養殖の思い付きの萌芽(ほうが)が、四、五千年前の縄文人の中にあった。海の資源をどう活用するか。現代人に欠けた知恵はないか。昔の人の英知から学ぶことも考えないといけない。 花輪 しまなみ海道が開通する瀬戸内では具体的にどんなテーマが連想されますか。 柳 われわれが自然だと思っている風景は日本の場合、必ず人間の手が入っている。例えば、瀬戸内に松なんかなかった。山でたたら製鉄をやって、海で製塩をやって、山の木を切った後の山が風化し、花崗(こう)岩の白い砂で海岸が白くなった。それで松が根付いた。西洋人は自然は手付かずのものがいいというが、二十一世紀には人と自然と生産が一体の自然観が世界の指標にならないといけない。 花輪 日本人の自然観に対し、袁さんはどんな感想を抱いていますか。 袁 日本人は二面性を持っている。自然と調和しようする一方、景観を無視して経済発展を優先する。調和の例は日本庭園で、山をバックにした借景はすごくユニーク。かと思えば、瀬戸内では島々をバックに造船所のクレーンが林立し、そのアンバランスさがまた日本的だ。瀬戸内海の島と橋の風景にも、不思議なバランスを感じる。 戸田 瀬戸内では、高度成長期の短期間の工業開発が、公害など環境面で大きなひずみを招いた。しまなみ海道が開通すれば、下水設備とか廃棄物処理をどうするか、どこを整備してどこを保全するか、というプランが必要にな。
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知的好奇心にこだわれ
森さん多島美と橋観光に期待 袁さん 花輪 森さんは、身近なところから歴史を考え、みんなで考えていこう、と話されました。しまなみ大学での案は。 森 遣唐使の時代に中国へ行くと、もらった土産を港町で全部売って書籍を買った、という記録が残っている。日本人は知的好奇心が強い。福島県には今、いらない本を送ってくれれば、どんな本でも保存する、という村がある。しまなみ大学でこんな図書館をつくってみるのも面白い。 袁 生涯学習という言葉は中国にはないが、大好きな日本語の一つ。昔、社会人に中国語を教えていた時、習う理由を聞いたら、仕事のためではなく、隣の国に文化に触れてみたい、という答えがあって意外だった。自分を一生磨いていきたいという生き方は、見習いたい、と思う。 森 やまなみという言葉の「なみ」は仲間の意味だ。しまなみ大学も「みんなで何かする」ということになるだろう。そして、ものを作るときは、自分で土や水を触るなど体を動かしてやる。この二つが縦糸と横糸になる。 柳 しまなみ大学のカリキュラムは教育がメーンだが、大学の看板を出すなら、研究もやらないと損。情報交換すれば、地域住民が持っている好奇心や地の利で、学問として知識が広がる。生産活動まで結びつけることも可能だ。 花輪 しまなみ地域は生産活動を含め現場が近く、実践的な学問が生まれるのでは。 戸田 地域の人と一緒にフィールドワークを行うことが必要だ。また、小、中学校とタイアップして、子供の教育に地域が協力する場づくりも考えられる。 柳 愛媛県の南予で、漁業後継者が集まった養殖大学があった。その後、一部の若い後継者が自分たちでやりたいと申し出て、養殖大学院を始めたが、挫折した。動機とか、やる気はあったが・・・。準備して、いろんな仕掛けをやらないと、うまくいかない。 花輪 最後にしまなみ大学への提言をお願いします。 袁 しまなみ海道に車で来ると、島の感じがしない。だが、フェリーを使うと、瀬戸内海の島と橋の魅力をすごく感じた。観光開発するなら、遊覧船で瀬戸内海の美しさを見せてあげるのもいい。中国からの観光客にもアピールするだろう。大学のプログラムに入れても、面白そう。 戸田 大学を続けていく場合、協調、連携をどうしていくか。リード役が必要だ。 柳 イベント的にやって知らない間に消えちゃった、という例は多々ある。研究という限り五十年は続けないと、目立った成果は出ない。 森 瀬戸田町の向上寺には港を見下ろす立派な室町時代の三重塔があり、面白い。しまなみ地域には非常に学問的価値があるものが多い。地域の資源を集めて、見直さないといけない。 花輪 自分で考える姿勢、現場で考える姿勢が、しまなみ大学の大きな意義だろう。島のことを学びながら、島を生き生きさせたい、という心持ちで、この大学をみなさんの手でつくってほしい。
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