'99.10.16  
    '99しまなみ大学シンポ 

'99しまなみ大学シンポ
 基調講演  瀬戸内の民俗芸能

漁業・信仰 深いかかわり

 瀬戸内海は古くから東西交通の要衝であり、南北の往来も盛んだった。そこに住む人たちの生活は、一カ所に定住する農村に比べて多種多様で、漁業や塩業、造船業、農業など仕事もさまざまだった。漁業一つをとっても、魚によって漁法や漁具、漁場も違うため、瀬戸内海の人たちの生活は、多くの経験の集積で築き上げられた。

 祭りや芸能の主体は、その地域で生活する人たちである。瀬戸内海地域に住む人たちの特徴を三つに分け、民俗芸能を考えてみたい。

 第一に、漁業、塩業とも、漁獲物や塩で自家消費が占める割合は極めて低く、どこかのだれかに売るという交易や流通によって生計を立てる性質を持っていた。農村では米や野菜など、生活のためのほとんどは自分で作るのと対照的である。

 船の上で生活する人たちの用具も最低限で、不必要な物は持ち歩かない。必要な物の入手法を知っており、行く先々で収穫物と交換するという生活のプログラムと情報を持っていた。

 第二に、航行中にいつどこで病気や死に至るかもしれない、という危険があったが、たどり着いた先々の人たちに救ってもらえるという仕組みもあった。逆に、避難してきた人は親切に受け入れた。海の人たちの間では、仲間意識や相互扶助の気風が強かった。

 三番目に、瀬戸内海がどんなに平穏な海といっても、危険がいっぱいで、安全を重視し、自分の能力を信じての暮らしだった。船の中では、小さな神仏像が数多く祭られていた。海上では現場にいない他人に頼ることはできず、自分の能力以上のことは、ひたすら神や仏にすがるしかなかったのである。

 それだけに祭りに対する思いは強かった。平常、別々の場所で仕事をしていた人たちが、一カ所に集まるだけに、一段とにぎやかな行事となった。

 瀬戸内の祭りでは、神の乗り物であるみこしをぶつけたり、海に放り投げたり、荒く扱っている。神が持っている、人間の災いや厄を落とすエネルギーがみこしの中に収まり切らないことを表している。

 みこしが海上を渡る場合、船の競争や音楽が付く管弦祭が特徴である。船上で、獅子舞や継ぎ獅子をするのは、四国側に多い芸能形態だ。

 島々や沿岸部の町では、歌舞伎、浄瑠璃の興行が盛んで、上方の役者たちはこの地域で大きな興行を行い、名声を高めた。瀬戸内海には、芸能によって結集する力が残っており、今後、どう継続するかが課題である。


    海道のまつり 

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