| '99.4.28 |
特産が奏でる いその味
クレーンが林立する造船所の横を通り、塩田跡のクルマエビ養殖場の真ん中を抜けると伯方塩業の工場に着く。旧専売公社の出張所だった古い木造やレンガ造りの建物が並ぶ、国内で数少ない自然塩製造拠点の一つだ。 自信みなぎる
メキシコ、オーストラリアで天日乾燥した海塩を地下水で溶かし、ろ過、沈殿させて何度も不純物を除く。煮詰めて再結晶させ竹を並べた上で自然乾燥し、包装する。「なぜ海の水を使わないの」「機械やパイプはステンレスにしないの」。同社の自然塩を使っているが、工場を見るのは初めての長谷部さん。素朴な疑問や同じ食品を扱う立場からの専門的な質問を次々にぶつける。 自然塩の存続を求める消費者運動で二十六年前に開業した同社は、海塩を加工する特殊塩しか製造できない制約があった、と武田さん。「塩業の規制緩和で海水を使う検討も始めてます」との説明に長谷部さんはほっとした表情。塩でステンレスもさびてしまう話にも一つ一つうなずく。 長谷部さんの聞きたかった島の暮らしと塩業の変遷については島の長老、村上芳郎さん(75)の出番。かつて塩田を所有して「浜だんな」と呼ばれ、伯方塩業で技術指導も行った。塩田跡を見下ろす「ふるさと歴史公園」で村上さんは「そりゃあ重労働だった。じゃが塩は人間が生きていくのに欠かせん。まさか塩田がなくなるとは思いもせんだった」と振り返る。 広島に親近感
全国で尾道ラーメン店の開業指導をしている長谷部さんは「尾道の人は普段から自宅で気軽にラーメンを作っているのよ」と歴史を説明。「作り手の自然塩へのこだわりが分かり、ますますファンになった」 帰り道、「しまなみ交流連携倶楽部」事務局長、福羅健二さん(41)の食堂に立ち寄った。福羅さんが商品化した「伯方の塩ラーメン」を食べるためだ。「有名な伯方の塩と無名の伯方島。二つをつなごうと考え、イメージは海」と福羅さん。長谷部さんはラーメンのプロの目で「いその味の発想は面白い。具は渦巻き模様の鳴門の方がいいのでは」とすかさず助言する。 エール交じわす 「尾道は東京の若い女性のあこがれ。尾道に来る女性をしまなみの島に取り込みたい」と福羅さん。長谷部さんは「橋ができればお客さんを島に案内しやすくなる。時間があれば船旅がいい」と応じる。「尾道もしまなみも、忙しい都会の人の心をいやす場所。利用し合いましょう」。開通後の交流を約束した。
<伯方塩業>
<しまなみ交流連携倶楽部>
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