中国新聞社

'99.4.30
魚のブランド化目指して     
 伊予大島 

潮が育てた味広めたい

 能島村上水軍の居城のあった能島が目の前に見える愛媛県越智郡宮窪町の宮窪漁港。「ここで毎月開く漁師市に来てみたいのだけど」。四年前から女性だけのパン店を経営する赤坂富士江さん(40)=尾道市三軒家町=と、友人の木材会社役員小林淳子さん(44)=同市西則末=が、市を主催する宮窪水産研究会のメンバーに話しかけた。

すぐ売り切れ

map  「お客さんが二、三百人は来てにぎやかだよ。朝九時の開店前から目当ての魚を手で押さえて待っとるんよ。いつも三十分もたたないうちに売り切れてしまう」。会長の藤本二郎さん(41)が笑顔で答える。「じゃあ、橋が架かっても九時前に来ないと宮窪の魚が買えないのね」と赤坂さん。「いや、直送販売もやってる。夕方送れば翌日の午前中には着くよ」。メンバーの生谷譲二さん(41)が売り込む。

 あいにくの雨模様だが、特産大島石のモニュメントが並ぶ石文化運動公園にある石文化伝承館に移ってからも漁の話が弾む。「宮窪の魚はうまいよ」「なぜなの」「潮流が速いから小ぶりでも身が締まってるんだ」

尾道にも出荷

PHOT
宮窪漁港の船だまりで、赤坂さん(左から3人目)、小林さん(同4人目)を囲んで漁業への夢を話す宮窪水産研究会のメンバーたち
 メンバーで漁協職員の藤本義信さん(34)は尾道、三原の魚市場の半分以上は宮窪で捕れた魚で、加工したデベラも尾道に送っていると説明する。「知らないうちに皆さんの捕った魚を食べてたのね」。赤坂さんたちは思いがけない結び付きに驚きを隠せない。

 今はタイ網漁の最盛期。強風で漁を休んだ二郎さんは「天気が良かったら今ごろは船の上。皆さんと会えたからよかったけどね」と言う。傍らで妻弥重美さん(38)と、生谷さんの妻三枝さん(39)は「五月には一カ月ぐらい主人と二人で船に乗り込むのよ。朝早いので初めのころは子どもがちゃんと起きて学校に行くか心配だった」と話す。

 今治市出身で今も看護婦をしている弥重美さんは、友人と宮窪の秋祭りに遊びに来たのが縁で十八年前に結婚。「まさか船に乗って漁をするようになるとは。人生は分からない」と楽しそう。小林さんは「私もそう。初めて材木を担いだ時はなんで私がって思ったわ」と応じる。

 二郎さんが「魚がようけとれたら船に乗るのが楽しかろう」と話しかけると、弥重美さんは「二人の気が合うと面白い仕事。でも高校二年の息子が後を継ぎたいって言うから、そうなったら船を下りるつもり」と明かす。

 話の途中、赤坂さんが朝三時に起きて仕込み、焼き上げたさまざまな種類のパンのお土産を披露した。「こんなにおいしいパンは初めて。ここに支店を出したら買いに行くよ」と弥重美さんたち。赤坂さんは「自分が食べておいしいパンを作るのに天然酵母や野菜、海草を入れるなど、健康にこだわっているの。尾道に来たらぜひ食べに来て」。パン談義が続く。

「また来たい」

 一致したのは「食べ物にはこだわりが必要」ということ。二郎さんは「漁師市や直送販売では宮窪産の天然物にこだわりたい。海がしけたら魚はないと謝る。よその魚や養殖物は売りたくない」と言う。

 メンバーの夢は、宮窪の魚のブランド化。しまなみ海道の開通は「宮窪の名前を知ってもらういいチャンス」と二郎さんたち。そのため観光クルーズなどさまざまなイベントを行ってきた。開通翌日の二日に開く漁師市にも期待している。

 一方、パンのお返しにトロ箱いっぱいの魚をもらった赤坂さんは「混雑が一段落したらまた訪れたい」。尾道に帰ると、今度は宮窪で会った一人ひとりの顔を思い浮かべながら焼いたパンを送った。

(部谷修・片山明子)

=おわり=

 <宮窪水産研究会
宮窪町の若手漁業関係者約三十人で一九九六(平成八)年六月に結成。海岸の清掃や網に掛かったごみの持ち帰りから始め、昨年三月から毎月第一日曜日に宮窪漁港で漁師市を開く。デベラの加工、直販や漁師市を訪れた観光客を対象にした水軍の本拠地・能島クルーズ、観光底引き網漁も行っている。


しまなみ新景

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