1点差 優勝候補・鳥羽下す
| 鳥 羽(京都) | 000 | 011 | 000 | ―2 |
| 関 西(岡山) | 201 | 000 | 00× | ―3 |
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| 初戦を制し、喜びながら応援団の待つスタンドへ走る関西ナイン |
関西は左腕エース宮本の好投と序盤の3点で優位に試合を進
め、優勝候補の鳥羽を振り切った。
一回、中川の中前打で一死一塁とすると、宮本が左翼線を破る三
塁打を放って先制。続く杭田の打球を鳥羽のエース古田が打球の処
理を誤る間に、宮本が生還して2点目を挙げた。三回も二死一塁か
ら、河本が右翼線を破る三塁打を放って3点目。たたきつける打撃
で、効果的に得点した。
宮本は本来の調子ではなかったが、小気味よいリズムで内外角に
投げ分け、強打の鳥羽打線を四回まで1安打に抑えた。五、六回に
1点ずつを失ったものの、低めを突く丁寧な投球で1点差を守り切
った。(城戸)
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関西にとって優勝候補の鳥羽を倒すのは、こんな展開しかなかっ
た。先手を取って、いかに接戦に持ち込むか。角田監督は「相手が
本当の力を出していなかった。ラッキー」と一言で勝因を語った
が、その裏には監督同士の読みが激しく火花を散らしている。
両チームの監督は十年来の知己で、角田監督にとって鳥羽の卯滝
監督は「野球を教えてもらった師匠」。毎年、練習試合をすること
もあって、お互いすべて手の内は知っている。
関西が再三のバント攻めに、うまく対処できたのもこの効用が大
きい。ただ両監督の読みの中になかったはずなのが、一回一死から
の杭田の二盗。点には結びつかなかったが、足技を見せたのが三回
の貴重な追加点を奪うのにつながっている。
「あれは杭田が自分の判断で走っただけ」と角田監督。古田が左腕だけに、卯滝監督も以外だったろう。
ここを境に古田は、走者に神経を使わざるを得なくなった。三回の1点が生まれたのは、こんな背景の中。
同じ一塁走者の杭田はこの場面では走らず、直後に河本が右翼線に適時三塁打を弾いた。
「今日は本当にやりにくかった。僕以上に師匠の卯滝監督がやりにくかっただろう。その差が出ただけ」
と言って、角田監督は苦笑した。お互い相手の手の内を封じ合った接戦で決め手となったのは、指示抜きの意外性だった。
(永山)
●1年生エース 投打に光る ―宮本投手
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| 優勝候補の鳥羽に完投勝利した関西・宮本 |
身長172センチの一年生エース宮本が、マウンド上で大きく見
えた。強打者がそろう鳥羽(京都)を5安打2失点で踏ん張り、自
らのバットでも先制打。投打にわたる活躍で、チームを勝利に導い
た。
「緊張していて、よく覚えていない。八回ぐらいから、やっと自
分の投球が出来た」。奪三振はわずか2個だが、130キロ台後半
の速球を外角ぎりぎりに決め、ひざ元を突く緩いカーブで17個も内
野ゴロに打ち取った。
五回に1点を奪われ、六回の先頭打者、林にはストレートの四
球。制球が悪くなり、三番里井の二塁打で1点差と崩れかけた。だ
が、「(捕手の)河本さんが強気のサインを出すので、ミットだけ
見て投げた」。打者に専念し、バックの守備を信頼して投げ続けた
のが奏功した。次の相手は、鳥栖(佐賀)と尽誠学園(香川)の勝者。どちらが
勝ち上がっても強豪だが、「先輩たちを信じ、最後まで投げ抜きま
す」。また一つ、エースとしての自信を得たようだ。(城戸)
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粘りの関西「金星」咲いた
―スタンド興奮「次も…」
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| 試合終了の瞬間、勝利の喜びに沸く関西の応援スタンド
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選抜高校野球大会二日目の二十六日、鳥羽(京都)と対戦した関
西は3―2で、優勝候補を倒す金星で3回戦に進出した。エース宮
本投手の落ち着いた投球が光り、勝負強い打線も健在。見事、近畿
1位校に競り勝ち、約三千人で埋まった応援席は大歓声に包まれ
た。
好機はいきなり訪れた。一回一死一塁から、三番宮本投手の打球
は左翼線への飛球。「落ちろ」。緊張の一瞬、球は左翼手のグラブ
をかすめた。好走塁もあって三塁打となり、先制した。「よっしゃ
ー」
その後も、敵失で2点目。角田監督が自負する「走れるチーム」
が、早々と爆発した。スタンドは盛り上がり、初安打した中川選手
の父賢司さん(35)は「流れはつかんだ」。
三回に1点を追加してリードを広げたものの、鳥羽に中盤追い上
げられ、点差がじわじわと縮まる展開に。スタンドは祈るように、
宮本コールを繰り返す。熱い視線を送る父寿男さん(50)は「息子は
我慢強い。大丈夫」。
そんな宮本投手をバックが堅実な守りで援護した。最終回、最後
の打者を二ゴロに仕留めてゲームセット。「次も頼むぞ」。割れん
ばかりの拍手と歓声が、スタンドに満面の笑みで走り寄るナインに
送られた。
関西は前回出場の一九九五年春、エース吉年投手(元広島)を擁
し、初戦を機動力野球で大勝。ベスト4までコマを進めた。当時の
三塁手でOBの村川貴信さん(23)は「信頼できるエースの存在と勝
利への執着心がそっくり」と、今後の快進撃を確信していた。
(2001.3.27)
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