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元幕内北桜が引退 「気力・体力とも限界」 '10/3/10

 広島市安佐北区出身で、豪快な塩まきで人気のあった大相撲の元幕内北桜(38)=本名向(むこう)英俊、北の湖部屋=が9日、「気力、体力ともに限界を感じた」として、現役を引退した。幕内在位は12場所で、最高位は西前頭9枚目(2001年名古屋場所)。春場所の番付は東幕下27枚目だった。

 北桜は同日、日本相撲協会に引退届を提出。春場所が行われる大阪府立体育会館で北の湖親方とともに会見した。この日、年寄「小野川」を襲名し、同部屋で今後は後進の指導に当たる。

 初土俵は1987年の春場所。189センチ、156キロの体を生かした右四つからの攻めを武器に、98年名古屋場所で新十両。01年夏場所で十両優勝し、翌名古屋場所で新入幕。その後はひざのけがなどで幕下まで番付を落としたが、昨年の名古屋場所で戦後2番目の高齢となる37歳6カ月で再十両を果たした。懸命で気迫あふれる相撲は、ファンの共感を呼んだ。

 実弟の十両豊桜(陸奥部屋)とは、98年秋場所で広島県出身力士では初の兄弟関取となり、その後、史上7組目の兄弟幕内を果たし、話題となった。ビーズ編みの趣味は有名で、07年には東京・両国国技館でビーズ展を開いた。

 通算成績は138場所で713勝711敗15休。幕内では70勝110敗だった。(小西晶)

 ▽塩まきで鼓舞 ファンに感謝 【一問一答】

 引退を決め、目を潤ませながら記者会見に臨んだ北桜の口からは、ファンへの感謝の言葉が繰り返された。一問一答は次の通り。

 ―引退を決意した理由は何ですか。

 大阪場所(春場所)に向け、けいこを積んできた。しかし、体調を崩し、体重も落ちた。自分が納得できるまでやろうと頑張ってきたが、もう限界かと感じた。完全燃焼だと思う。

 ―思い出の一番は。

 十両で若の里関に上手投げで勝った一番(2007年初場所7日目)。相撲が下手な僕が、きれいに上手投げを決めて勝てたことが印象に残っている。

 ―気迫あふれる相撲が、ファンの心をつかみました。

 とにかく前に出ること。勝っても負けても力を出し切ることを心掛けてきた。土俵で大量の塩をまくことで、毎日毎日、自分を発奮させてきた。

 ―兄弟力士としても注目されました。

 弟(豊桜)とは、いつも励まし合いながらやってきた。よきライバルだったと思う。

 ―ファンとの交流を大切にされました。

 喜んでいただけたらと思っただけ。逆に、僕がファンから勇気や元気をいただいた。幕下に落ちてからでも、大きな声援をもらった。感謝の思いでいっぱいだ。

 ―親方としての抱負は。

 「私生活は土俵に出てくる」ということを師匠から教わった。厳しさの中でも、自分を律して一生懸命に頑張れる力士を育てたい。

 ▽「寂しい思い」 弟の豊桜

 北桜と2歳違いの弟、豊桜は9日、「みんないつかは通る道だけど、寂しい思いもある。兄にはお疲れさま、と言いたい」と話した。

 引退の可能性は初場所後に聞いており、この日の会見後に本人から電話で報告を受けたという。

 広島が生んだ初の兄弟関取など、注目されてきた。「お互い強くなろうと、切磋(せっさ)琢(たく)磨(ま)できる存在だった」と振り返り、「自分はあらためて頑張ろうという気持ちが強くなった」。東十両9枚目で臨む春場所で、兄の分までの活躍を誓っていた。

【写真説明】<上>目を真っ赤にしながら、現役時代の思い出を語る北桜 <中>昨年の秋巡業広島場所で、豪快な塩まきを披露する北桜(2009年10月30日、広島グリーンアリーナ) <下>1998年秋場所で広島県初の兄弟関取を実現し、弟の豊桜(右)と握手を交わす北桜




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