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休・廃部の悲哀


休・廃部の悲哀
今年5月からJTに入り、再びVリーグでプレーする畑選手

新天地で再起かける

 チームの休、廃部は、部員にとって選手生命を脅かす出来事であ る。愛着のあるチームを離れ、新天地で再起をかける選手の思いを 聞いた。

 「またVリーグでプレーできるのが、本当にうれしい」。今年五 月にJTに入った畑耕一選手(27)にとって、この二年半は挫折と不 安の日々だった。「すべて予期せぬ出来事でしたから」。チームの 廃部、移籍、そしてチーム探し…。心の支えは、「バレーを続けた い」という思いだけだった。

 花園高(京都)―法大と、バレーボールのエリートコースを歩ん できた。大学の監督の勧めで一九九六(平成八)年春、住友金属に 入社。実業団リーグで優勝し、Vリーグ復帰に貢献した。

「引き際、自ら決めたい」

 ところが、九七年十二月、念願だったVリーグのシーズン開幕直 後に、会社は翌年三月限りでの解散を決めた。「うわさはあったが …。シーズン中だったので、その後の試合は精神的にきつかった」

 解散と同時に、引退も考えた。しかし、「引き際は自分で決めた い」との思いが、移籍を決意させた。熊本国体までの期間契約で熊 本県スポーツ振興財団に入社した。希望するチームが見つからなか ったからで、決してVリーグへの復帰をあきらめたわけではなかっ た。

 県選抜の一員として出場した熊本国体では、4位に入った。「ま だやっていけるという自信になった」。そして京都の実家に帰った 昨年十一月、念願だったJTから誘いを受ける。バラバラになった 昔の仲間も喜んでくれた。「あきらめなくてよかった。選手は与え られた場所で一生懸命やるだけ」。三年ぶりのVリーグ。畑選手は ひときわ大きな喜びを胸に、開幕の時を待っている。

 「怒りというより、行き場のない悔しさですね」。今春からイズ ミ女子ハンドボール部の一員となった川村純子選手(24)は、つらい 思い出を振り返る。五年間プレーしていたOSAKIが、昨シーズ ン限りで突然の休部。今春、イズミへ移籍した。

 十六人の選手のうち、六人が引退。川村選手も休部がなければ、 昨シーズンで現役を退くつもりだった。「大崎で競技生活を終えら れれば一番よかった。だけど、納得した形で引退したかった」。親 しんだチームを離れた理由を、そう説明した。

 「選手が何を言っても、会社が決めてしまったら終わり。我々は 弱い立場にあるんです」。厳しい練習の中で、川村選手はコートに 立てる喜びをかみしめている。


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