
| 連載を終えて学校編 |
|---|
| 「学校」「企業」「地域」にスポットを当て、アマチュアスポー ツの現状や取り組み、問題点を紹介した「アマスポーツNOW」 は、全八部八十三回の連載を終えた。取材班が一年にわたる取材を 振り返り、識者に提言を寄せてもらった。 |
| 「教育の一環」念頭に |
|---|
「部活動をするのは、教育上悪いことなのでしょうか」。取材の 中で、保護者からそんな相談を受けたことがあった。その中学校で は「スポーツはストレスをためる」と、校長が部活縮小を提案して いるのだという。これは、極端な事例だろう。しかし、程度の大小 はともかく、部活動に対して消極的な学校は決して少なくはなかっ た。
教員不足などを理由に、部を統廃合したり、生徒引率を拒否する 学校は、往々にして「子どもたちのために」という視点が欠落して いるのに気づく。「校務が多忙」「若い教員が顧問を嫌がる」「特 別活動なのだから、教員に指導義務はない」…。口から出るのは学 校側の事情がほとんどで、部活動が学校教育内活動であるのを疑い たくなった。
| 子どもの視点が不可欠 |
|---|
部活動は、教員のボランティア意識で支えられてきた部分が大き い。今でも情熱を注いで指導している教員や学校は多い。しかし、 教員間で意識の温度差があるのも事実である。時間外で指導する と、「スタンドプレーだ」となじられる。地区予選を突破すると、 「出張費の無駄遣い」と言われる。そのような環境からは、子ども の立場に立った視点は生まれようがないだろう。
もちろん、学校だけで部活動を支える時代では、なくなりつつあ るのは確かだ。地域や企業に協力を求めたり、社会体育と連携する のも必要だろう。ただ、主体はあくまで学校、つまり教員でなけれ ばならないのではないか。
なぜなら、部活動は単なる「スポーツをする場の提供」ではな く、教育活動としての価値を持つものであるからだ。人間関係の育 成など、得られるものは競技技能だけではない。それだけに、教員 と子どものコミュニケーションの中からこそ、今後の部活動の方向 性は生まれるべきである。
「帰宅した子どもの表情を見ていると、先生が部活に出てくれた かどうかが分かるんです」。そんな話を聞いた。教員が自分たちの 目を向けてくれているかどうか。大人が思っている以上に、生徒は しっかりと見ている。学級崩壊が叫ばれる教育現場において、話は 「たかが部活」にとどまらないはずである。(小西晶)
| 提 言 |
山口県中学校体育連盟
| |
|---|---|
| |
| 「中体連も変革が必要」と訴える田辺理事長 |
学校現場に携わる一人として、興味深く連載を拝見した。学校部 活動の置かれている状況の深刻さを、あらためて痛感した。
部活動が過渡期にあるのと同様、中体連という組織も変革を迫ら
れている。一つは経費の問題である。中体連は、会費収入だけで運
営を続けてきた。しかし、生徒数の減少で、運営は極めて厳しい状
況にある。今後、生徒たちの活躍の場を保障していくためには、大
会参加料の徴収は避けては通れない(すでに実施している県もあ
る)。義務教育といえども、受益者負担という形を取らざるを得な
い状況にきているのが実情である。
| 組織や制度の見直し必要 |
もう一つは、大会の問題である。今後、部活動の維持には学校が 垣根を取っ払い、社会体育や地域クラブと連携を取って進めていく ことが重要になる。そうなると、現在の「学校対抗」という大会原 則では、不都合が生まれてくる。地域チーム、クラブチームなどを 含め、「中学生」という枠で大会を運営することも考えねばならな い。そのためには、大きな組織や制度の見直しが必要となろう。
ただ、変革の時代にあっても、学校教育内活動という位置づけは 守らなければならない。中体連は複数校合同での大会参加や外部コ ーチの引率など、さまざまな条件整備を進めていくことで、学校か ら部が次々と消えていくという現状に警鐘を鳴らしたい。