2001/11/01
「抜けるやつはリンチにかける」―。暴走族の掟(おきて)が、離脱を望む少年たちに二の足を踏ませる。第一関門として立ちはだかる暴力の恐怖に、本人や家族は神経をすり減らし、立ち向かっている。三十一日、広島県警が発足させた暴走族離脱サポートセンターの活動の柱は、少年たちの「安全」を保証する親身のアプローチである。 (暴走族取材班)
広島市郊外に住む少年(18)はこの夏、市中心部を拠点にする暴走族を抜けた。四月ごろから建設関係の仕事を始め、夜間の集会や暴走がつらくなったのが主な理由だ。しかし、決心には時間がかかった。「リンチで入院させられたら、と思うと、言い出せんかった」 自分自身、離脱を図った仲間をリンチした。深夜の公園で、全員が木刀や鉄パイプで襲い、脅した。「警察に届けてわしらが捕まったら、後で必ず仕返しする」。しばらくは携帯電話を頻繁にかけ、行動を監視した。「とにかく汚いやり方だった」と振り返る。 暴力団とつながった「面倒見」やOBによる集団暴走の強制…。暴走族にいる限り、暴力でお互いをしばり合う構図からも逃れられない。 「現役の半分以上が、やめたいと思っているはず。結局、十八歳の引退式でもある『えびす講』まで、嫌々続けているのでは」。なんとかリンチを免れた少年は、元の仲間たちの本音を推し量る。 「一日も心が休まる日がなかった」。娘が「レディース」といわれる女性暴走族にいた母親(47)は、離脱を図ったわが子と分かち合った苦しみを振り返る。 「家に火をつける」「親をやっちゃる」…。娘は脅された。家にも執ように電話がかかった。娘は半年間、ほとんど県西部の自宅や遠方の親せきに閉じこもり続けた。外出は家族全員が同行した。 みんな神経をすり減らし、外の物音にもびくついた。いら立ちから、夫婦間の口論も絶えなかった。「少年補導員のアドバイスが唯一の支えでした」。第三者機関の支援の必要性を母親は訴える。 一方で、捜査幹部はこうみる。「メンバーが抜ければ面倒見への上納金も減る。簡単に離脱を許さない要因の一つ」。面倒見の構造の徹底解明と摘発も、離脱サポートに欠かせない。
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