中国新聞
2002/01/05
みんなの力 甘え許さん 体当たり  
(4) 教える
 
体験バネに型破り教育

  勉強も遊びも「本気」。授業の合間はいつも、喜田さん(右)と生徒の笑い声が職員室に響く(福山東林館)  

 「簡単に持ち上げられるで」。喜田三津雄さん(45)が太い腕一本で、生徒のベルトをつかんだ。体がふわりと床から浮いた。怪力に、周りの生徒たちがどよめいた。

 学習指導やカウンセリングをする福山市の各種学校「福山東林館」。喜田さんは、通信制高校「東林館高」(広島県神石郡三和町)との両方を束ねる理事長を務める。

 生徒は大半が両校に在籍し、現在百七十三人。福山東林館には、昼間は不登校の経験者、夜間は働きながら学ぶ生徒のほか、元暴走族の十数人も登校する。

 サングラスに丸刈り。「こわもて理事長」の名で通る。理事長室から暴走族のリーダーへ電話する。「抜けさすで」。返す刀で、離脱を望む少年に「まじめにならんかったら、今度はわしがこらえん」。

 暴走、シンナー依存…。命を落とす少年を多く見てきた。「今日死ぬかもしれん子を、理屈ばかりじゃあ助けられん」。その経験則があるから「実力行使」をいとわない。

 「複雑な家庭環境」は、暴走の口実にさせない。理由は自らの少年時代だ。父は二度再婚し別居。祖母と暮らしていた。中学時代の後半は、飲酒、暴走、けんかに明け暮れ、所属していた陸上部からは遠ざかった。「わしの気持ちなんか、だれも分かるか」。自暴自棄だった。

 高校一年の時、ある教諭が言った。「何歳まで家族のことを言い続けるんや。十五歳なら、聞いてくれる偽善者もおる。二十歳になって言うてみい。他人が笑わあ」。容赦ない言葉に腹が立った。「じゃが、その言葉はここに残っとる」。喜田さんは胸をつかんだ。

 近所の人にはこう言われた。「悪いことをして、『やっぱり』と片付けられる人生にしたいんか」。二人の言葉は、大学へ進み、体育教諭になる夢を思い起こさせた。

 一九七九年、福山の市立中学校の保健体育教諭になった。非行少年たちにかつての自分を重ね、生徒指導に打ち込んだ。「既存の学校システムでは救えない生徒がいる」。退職後の九五年にスタートさせたカウンセリング主体の各種学校を土台に、通信制高校を設立したのが、一昨年の春である。

 中学教諭時代から、暴走族やそのOBたちと体を張って接してきた。「赤信号を突っ切るんが自己主張か」。暴走の論理は一切認めない。

 今の教育は「わがままという顔の上に、自由とか、個性という聞こえの良い仮面をかぶせている」と映る。確かにその対極に、喜田さん流の「力業」の教育がある。

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