2002/01/06
午前零時。廿日市市の住宅街は寝静まっていた。自動販売機のライトに、暴走族の少年たちと会話を交わす三人の「おやじ」の影が浮かんでいた。「めしは家で食いよるんか」「携帯(電話)買うたんか」。とりとめのない話で気を留める。 おやじたちは告げた。「暴走はやめえ。君らにはいっぱい可能性がある」。そんな言葉に、少年の一人は「おっちゃん、熱いねえ」と漏らした。 別れ際、その少年が伏し目がちに言った。「もう暴走はしとらんよ」。車に乗り込んだおやじの一人、野村洋一さん(49)はうれしそうに言った。「あの子はね、あと一息で族から抜けそうなんです」 廿日市市の野坂中学校区の保護者たちでつくる「おやじの会」。設計事務所を営む野村さんは、世話人の一人だ。一昨年の春に結成し、夜回りや学校の清掃活動などに取り組む。父親を中心に六十人ほどが参加してきた。 毎週末の夜の巡回は三、四人ずつのグループで続ける。四日深夜も、地域の書店などを約一時間かけて見回った。 野村さんは肝臓がんを患っている。発病は五年前。中学校で長男が暴力を受け「自分の子を守るには、地域を変えるしかない」と思っていた直後だった。三カ月の闘病後、医者は「あと一カ月も持たない」と告げた。 しかし、自宅で療養するうち、奇跡的に回復。「残された命で何ができるか」と自問した。子どもたちと向き合う活動がしたい―。病を知る前の強い思いがよみがえった。 復帰後、PTA会長を二年間務めた。その傍ら、毎晩のように街に出て、コンビニエンスストアなどにたむろする少年に声をかけ続けた。突き動かされたように行動する野村さんの周りに、同じ思いのおやじたちが集まり始め、会はできた。 「族を抜けたい」。顔見知りの少年から相談を受ける。リンチにおびえている。「指一本触れさせん」。そう励まし、警察に協力を求める。おやじの会は少年の自宅周辺をパトロールする。一時間ごとに回ったこともある。「腹をくくらんと子どもは守れん。きれいごとじゃない」。野村さんは言う。 暴走族少年の親に会いに行くこともある。「暴走族は若い時の『はしか』みたいなもの」と取り合わない親もいる。会のメンバーで、広島県警が委嘱した暴走族相談員を務める永本英二さん(46)は言い切る。「はしかとすれば、家庭全体のはしかよ」 おやじたちは今、勉強に遅れた少年のための教室を開く計画を温めている。「親が本気になれば、子どもは絶対に変わる」。会の共通認識だ。死線をさまよった野村さんにとって「子どもの幸せがすべて」である。 (「みんなの力」おわり)
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