2002/03/31
三年ほど前。暴走族のリーダーだったヨシオ(19)は車の窓をけった。「うっとうしいんじゃ」。ガラスが破れ、車内に飛び散った。直前まで運転席にいた母(44)は、息子にけられ続け、変わり果てていく車を見ていた。 深夜のたまり場に母が現れた。リーダーとして、気恥ずかしさがあった。それ以上に、行く先々に追って来る「厳しい母」への反発の衝動を抑えきれなかった。 小学校の低学年から、一週間のスケジュールは塾やスポーツの教室などでびっしり埋まっていた。放課後、気ままに遊ぶ同級生へのうらやましさが、ヨシオの記憶に刻まれている。母は「できる子を望んだわけではない」。厳しさには、別の理由があった。 長男のヨシオは「育てにくい子」だった。異常に落ち着きがなかった。すぐに、目の届かないところへ行った。何度も同じ川に落ちた。外科通いは日常だった。 母は、命の危険を感じた。「あの子を助けたい」。会社員の夫(47)と困惑し、親せきや知人に相談した。でも、だれもヨシオを理解できなかった。小学校でもよく授業を妨げた。「ちゃんとさせないと」。焦るほど、「しつけ」は過熱した。 しかし、中学生になると、無理強いはできなくなった。夜間の外出、バイクの無免許運転を繰り返し、三年の時に同級生と暴走族をつくった。「悪い遊びがしたくて、じっとしてられなかった」。ヨシオは自らを省みる。 疲れ果てた母が精神科医に通い始め、ヨシオのことを相談した。注意散漫で、異常に動き回り、衝動性が強い。そんな状態の背景には、育児法や環境では解決できない要因があると告げられた。 厳しすぎるしつけや教育は、かえって逆効果。専門的な対処が必要だが、異常な行動は、家庭や学校で「問題児」として扱われ、それが非行の原因にもつながった。母にとって、すべて思い当たる道筋だった。 「お母さんの熱意を、ほかへ向けては」。医師の勧めで、ガーデニングを始めた。水や肥料をやり過ぎて、花をいくつも枯らせた。「自分の子育てと一緒」と感じた。以来、たまり場への後追いを控えるようになった。 ヨシオは一昨年秋、十八歳で暴走族を「引退」した。突然「大学を受験する」と宣言した。母の「くびき」が外れると「非行少年を指導する教師に」という夢が見えた。初めて集中して机に向かった。 昨年の夏、大学入学資格の検定試験をパスし、今月、広島県内の私立大に合格した。 「卒業まで通い切れるか…」。母は今も不安をぬぐいきれない。しかし、見守っていようと思う。「子離れしないと」。庭先のサボテンが、この春初めてピンク色の花を咲かせていた。
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