2002/04/02
「僕、死にたい」。携帯電話の声が震えていた。タダシは無意識のうちに母に連絡した。血でにじんだ左手首を見ると、涙がぼろぼろと出た。中学三年だった三年前の夏、手首をかみそりで切った。 息を切らし、母は外出先から帰った。死にきれず、部屋で涙を浮かべていたタダシの姿にうろたえた。「仕事に行きとうない」。タダシは手首を傷つけた直接の理由をつぶやいた。 当時、暴走族のメンバーだった。同じグループの年上の仲間に建設関係のアルバイトを紹介された。早朝から夜まで働いた。仕事より親方との関係がきつかった。慣れない仕事でも容赦ないげんこつに、顔がはれる日々が続いた。 「やめたかった。でも先輩の顔をつぶすし、殴られる」。暴力の恐怖に追い詰められていた。 アルバイトと暴走族仲間との深夜の付き合いで、ほとんど家にいなかった。息子の苦悩を、母は知らなかった。 母はタダシが小学五年の時、離婚している。人見知りが激しく甘えん坊のタダシを残すことを悔いながら、別の男性との新たな生活を選んだ。 タダシは、学校のある時は父と、夏休みなど長期の休みの時は母の家で暮らしていた。しばらくすると、男性は母に暴力を振るうようになった。母は「子どもに暴力が及ぶのを恐れ」男性から逃げた。 相変わらず父と母の元を行き来して暮らしていた中学二年の冬、タダシは暴走族に入った。家出、傷害、バイクの窃盗。母は学校や警察から再三、呼び出された。「心配しながら、あきらめていた。家を出た負い目よね」と振り返る。 「負い目」を抱くうち、タダシは自殺を図った。死を選ぼうとした息子の悩みに気付かなかった自分を、母は責めた。家を出た過去への後悔も、さらに膨らませた。 自殺未遂を境に、タダシは暴走族を抜ける決意をした。しかし、仲間の報復が怖かった。タダシが買い物などで外出する時、母は極力一緒に行動した。 タダシは卒業後、中国地方のある町に引っ越した母と一緒に地元を離れた。六畳一間のアパートで暮らし、母の勤め先でアルバイトを始めた。「逃げてきたようで、自分が嫌になる。でも、地元にはいたくない」。正社員になるのが今の目標、と笑顔を見せた。 「あの最悪な状況を思えば今、とても幸せ。後悔するより、二人で自然に、前向きに生きていきたい」。母は傍らの息子を見やり、涙をぬぐった。「泣くなや、もう」。タダシは照れながら、母を諭した。 (おわり)
| ||||||||||||||