中国新聞
2002/05/18
平和都市の忘れもの (1)
不思議の広場「アリス」

週末の夜 にぎわい遠く

 被爆地広島の足元で、暴走族は増長してきた。取材を進めるうちに、鮮明になった不釣り合いな構図である。世界に反核・平和を発信する一方で、身の回りの暴力やルール違反を、この街はどこか見過ごしてきたのかもしれない。暴走の連鎖は「心の都市問題」も浮かび上がらせた。ヒロシマの忘れものを探してみたい。

(暴走族取材班)

  「都会のへそ」

 白いタイル張りの広場に、ハートなどをかたどったオブジェが無造作に並ぶ。広島市中区のアリスガーデンは「都会のおもちゃ箱」という設計意図に沿って作られた。

 整備されて丸八年。若者たちは「アリス」と略称する。しかし、週末の夜は「特攻服」姿で円陣を組む暴走族に占拠され、多くの市民が「怖い」と避けて通る。街の真ん中のアリスの歴史から見えるのは、戦後の都市づくりの光と影だ。

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 原爆の焦土に都市の息吹が戻った一九五七年。市の戦災復興の区画事業の一環で、千三百平方メートルの「広場」は生まれた。ほどなく、お好み焼きやすしなどの屋台約五十軒がひしめく街になった。

 「映画帰りの人や会社員で、どこの店も明け方までにぎわっていました」。十九歳の時から父母の屋台を手伝ったお好み焼き店経営の沖田京子さん(62)=東区=は懐かしがる。夜空を照らす裸電球の下、庶民的な広島の食文化が花開いた。

 だが、戦後の市街地整備を急ぐ市は、周囲の店舗との折り合い、美観や衛生上の理由もあって立ち退きを要求。六五年、屋台街の灯は消えた。一部の店が南側に「お好み村」を作ったのは、その二年後である。

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 屋台が消えた跡には、植栽や遊具が備わった。区画整理事業に伴い「西新天地公共広場」と名前が付いていたが、本通り、並木通りの華やかさとは対照的に、ビルの谷間でうら寂しい雰囲気を漂わせた。

 「引っ込んだ『都会のへそ』と言われていました」。衣料チェーン会長で、新天地地区市街地再開発組合の理事長を務めた住田勝さん(81)は振り返る。「取り残されてはならない」。住田さんたちが二十年越しで進めた再開発計画に伴い、アリスは広島アジア大会が開かれた九四年に生まれた。市は五億六千万円を投じた。

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 当初、週末の夜の「主導権」は、スケートボードの若者たちが握った。しかし、騒音やマナーへの苦情を受けた市の指導で姿を消した。入れ替わるように暴走族らが集会を開くようになった。

 「だれも使うてないんじゃけえ、ええじゃん」。集会を開く暴走族少年たちは、解散を求める市職員らに反論する。

 長期不況の影響があるにせよ、百十万都市の中心の空間が、週末の夜のにぎわいから取り残されている実情を、彼らは言い当てている。「周囲には住居もあり、夜間のイベントなどは難しい」。市経済振興課は言う。

 復興を急いだヒロシマは、街に洗練と美しさを取り込もうと躍起だった。その象徴と言えるアリスで、暴走族が気勢を上げる皮肉…。裸電球もコップ酒も消えた今、「おもちゃ箱」を何で満たすかに、都市の実力と街への愛情が問われている。

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