中国新聞
2002/05/25
平和都市の忘れもの (7)
不況が阻む夢のかたち

働きがいある街づくりを

  工都の変遷

 「あの子らに、モノづくりの素晴らしさを伝えたい」。広島市中区の建設会社専務、近藤由雄さん(36)は心から望んでいる。暴走族少年らを雇い、技術を育てるため、広島市と周辺の建設業者など約四十社でつくる「DIA」の会長を務める。

 しかし、不況は業界を直撃している。とりわけ多くの少年の受け皿になっている中小の業者は、生き残りに必死だ。「親方の下で手に職をつければ稼げる時代は去った」と、近藤さんも認める。

 DIAの会員の企業では、百人を超える「現役」や「元」の暴走族メンバーが働いている。仕事が減り、少年らが職人の技術を磨く機会が減る悪循環も出ている。

 近藤さんは「時代を肌で感じているのか、職を求めてくる少年たちから夢や目標が感じられない」と気に掛ける。

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 広島市近郊の暴走族の少年(17)は、右手で指折り数えた。「えーっと、もう半年か。今の土木の会社が一番長いね」。中学三年で暴走族に入り、高校を二カ月で中退した後、鉄筋、型枠など建設関係の現場を転々としてきた。

 仕事が続かないのは「人間関係。面倒くさいやつがおるから」。職へのこだわりは薄い。だが、将来への不安はある。「現場の仕事は不景気なら干されるし、(暴走族の)センパイを見ても、これ以上稼げんって思う」

 学業を投げ、仕事にも身が入りきらない。暴走族を安住の場にしている。

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 戦災の焦土に自動車、造船、鉄鋼などの産業が芽吹いた広島、呉、福山の各都市。若者たちの「暴走」は、一九六〇年代から目に付くようになった。経済成長、モータリゼーションを支えた若い労働力は「つかの間の解放」を求めた。

 しかし、重厚長大を求め、右肩上がりで豊かになった時代が去ると、暴走のかたちは明らかに変わった。

 「暴力団とつながり、犯罪集団と化した暴走族は、もはや交通や少年非行の問題ではない」。元広島県警交通部長の川崎和彦さん(67)=広島県府中町=は認識を深めつつ、十年前に退職した。それは今、目に見えてはっきりしている。

 少年たちの後ろ盾は、産業社会ではなく暴力団に―。カミナリ族、サーキット族と呼ばれた時代から若者の暴走と向き合った川崎さんは、じくじたる思いを禁じえない。

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 DIA会長の近藤さん自身、青春を暴走に費やした。その一方で、父と同じ大工の世界に飛び込んだ。立ち直ったのは、出会った親方や、親身になってくれた警察官のおかげと思う。

 しかし、完全失業率が5%を超える今、自分たちがなし得た「リターンマッチ」はたやすくないと感じる。「だからこそ、周囲の大人が夢や希望を語らなくては」。近藤さんは強調する。

 一昨年三月のDIA結成時の「決議文」にこうある。

 ―過去を消すことはできなくても、人生をやり直すことはできる。平和都市広島こそ、平和で差別のない働きがいのある、美しい人情と、心の豊かさを大切にする街でありたい―

(おわり)

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