中国新聞
2002/06/21
大人の力 (6)
少年らの姿、社会の縮図

ルール無視 無責任 無関心

  暴走族メンバーらがたむろした後、ごみが散乱するファッションビルの玄関前(広島市中区)  

 週末の夜、広島市中区のアリスガーデン周辺。暴走族の少年、少女たちがたむろし、去った場所には散らかったままのごみが残ります。

 ジュースの空き缶や紙パック、菓子の袋に無数のたばこの吸い殻…。近くにごみ箱があっても使おうとしません。「なぜ」と問うと「掃除する人の仕事がなくなるじゃん」と答えられ、面食らったこともあります。

 暴走族の集会対策の一環で市がアリスガーデンに置いたフラワーポット(鉢植え)にも平気で飛び乗ります。足の下で赤や黄色のパンジーがふみつぶされます。郊外の駐車場で取材中、食べかけのカップめんの器を「まずい」と地面に投げつけた少年もいました。

 マナーや規範を意に介さない幼児的な行動は「ワル」の表現でもあるのでしょう。でも、そうした場面に出くわすたび、「大人の社会」への自戒を迫られる思いになったのも事実です。

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 冬の夜、広島市の中心部を見回りする地元住民と商店主が、暴走族少年にバイクの放置を注意していました。

 突然、少年を取り囲んだ住民に対し、背後から怒鳴り声が上がりました。「あんたらの方が、じゃまなんじゃ。どけや」。声の主は通り掛かりの中年男性でした。ちょっと避ければ、通れる場所です。心ない言葉に、暴走族のルール無視を見る以上の情けなさを覚えました。

 「なんか起こりゃあ、おもしろいのに」。暴走族の集会を遠巻きに見ていた二十歳代とみられる若者たちの会話です。暴走族と警官隊が衝突し、全国に広島の悪いイメージが伝えられた三年前の胡子大祭(えびす講)。騒動に拍車をかけたのは、騒ぎをあおり、面白がるような周囲の無責任な行動でした。

 れっきとした「大人」「市民」が暴走の連鎖を増長させている構図があります。

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 最近取材班に届いた五十歳の男性からの電子メールに、こうあります。

 「見つからなければ何をしてもいい。そのような状況が、子どもたちの意識に影響していると思います」「優しい大人ばかりで怖いものなしの子ども。唯一怖いのは、同級生や先輩、暴力団関係者だけという状況では、暴走は止められないと思います」

 「優しい」の表現に男性は「無責任」「無関心」などの意味を込めているような気がします。

 中区の本通り商店街。自転車が人ごみをすり抜け「暴走」します。歩きたばこ、ポイ捨ても横行します。電車内では「スイッチを切って下さい」との呼び掛けをよそに、携帯電話にしがみついて平然と話したり、「譲り合いの席」を無視して座り込んだりする光景も後を絶ちません。

 「小さなルール無視をとがめられない社会は、大きな犯罪を生む」。男性のメールはそう警告しています。

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 「レイギは知っとるよ」。暴走族メンバーはよく誇らしげに言います。暴力団組員や面倒見、年上の仲間にへつらい、服従するのを「レイギ」と思い込んでいます。一方で社会のルールは無視です。

 職場や仲間うち、家族では「いい人」が、外では公共心や思いやりに欠ける行動を取るのと似ているような気がします。広島市近郊の暴走族相談員は「あの子らの姿は、社会の縮図ではないでしょうか」とため息をつきます。

 大人はもっとカッコよくなければ、と思います。

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  ■ファクス 082(236)2321   ■電子メール shakai1@chugoku-np.co.jp


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