被爆を生き延び、1947年ごろ家族で宮島を訪れた(手前左端)

 1945年8月6日、広島に原爆が投下された。爆心地から3キロの己斐の山にも熱線が達した

 警報が鳴り、一緒に住んでいた祖母、兄弟3人と空を見上げた。銀色にきらきら輝く3機の飛行機が青空に見えると突然、目の前が暗い黄色に染まった。兄が「防空壕(ごう)に入ろう」と言って中に入り戸を閉めた。