上関原発の建設予定地。準備工事は止まったままだ(山口県上関町)

 五月晴れの浜辺は静かだった。中国電力が山口県上関町で計画する上関原発の建設予定地、田ノ浦。海岸には重機用の仮桟橋が伸びるが、工事車両はない。2011年の福島第1原発の事故後、埋め立ての準備工事は10年余り中断したままだ。原発の是非に揺れてきた町で選挙戦の争点は薄れ、2月の町議選は24年ぶりに無投票となった。

 ▽無理に擁立 不要

 「昔の選挙は激しかったね。推進派、反対派とも候補者を立てようという動きが強かったし、みんな原発の賛否を前面に主張した」。当選8回を重ねた西哲夫議長(74)は振り返る。自身は建設に賛成の立場だが「今は推進派が増えても計画が動くわけじゃない。無理に候補者を立てる必要はなくなった」と言う。

 町に建設計画が浮上したのは1982年。以来、町議会は雇用の創出や、原発に伴う国の交付金などに期待する「推進派」と、原発の安全性などを懸念する「反対派」に分かれた。選挙のたびに原発の賛否は大きな争点となり、90年の町議選の投票率は95・69%に達した。

 ▽福島事故が潮目

 ところが、福島の原発事故で潮目は変わる。中電は09年に始めた準備工事を、県と町の要請を受けて中断した。国のエネルギー基本計画から原発の新増設の文言は消えた。上関原発の先行きが見通せない状況と軌を一にして、町民の「政治熱」も冷めていく。毎回、原発建設の是非を主な争点にしていた町長選は、15、19年と無投票が続く。

 「今は原発は争点にならん。議員同士で対立をあおるのでなく、力を合わせて町づくりをせんといかん」。かつて推進派団体の代表を務めていた西議長も、現在は反対派へ歩み寄る姿勢を見せる。背景には原発建設を前提とした町の振興策が描きにくい現状がある。町を支えてきた原発関連の交付金は、ピークだった12年度の12億8600万円に比べ、21年度は6%7900万円まで減った。

 反対派にも「変化」が見える。「分断をあおりたくない」。今年2月の町議選に反原発運動で知られる離島・祝島の市民団体から擁立され、初当選した秋山鈴明町議(29)は反対姿勢を表だって訴えない。市民団体の清水敏保代表(67)は「原発の議論が活発だったころにはありえなかった」としつつ、賛否を超えて、少子高齢化が深刻な島の将来を若い政治家に託した。

 建設計画が持ち上がって40年。町の人口は約6800人から3分の1の約2300人まで減った。65歳以上は56・4%と、高齢化率は中国地方で最も高い。

 町の漁師の北尾信幸さん(73)は「原発の動きはないし、空き家も増える一方。誰が町議をやっても変わらん」。町民を翻弄(ほんろう)した政争の波がやんだ「なぎ」の町に、多くの地方と同じ課題が漂っている。

 <クリック>上関原発計画 1982年に山口県上関町の町長が原発誘致を表明。中国電力が同町長島に原子炉2基を計画する。2008年10月に県から埋め立て免許を受けた中電は翌09年に準備工事を始めたが、11年3月の東京電力福島第1原発事故の影響で中断している。21年10月に閣議決定された国のエネルギー基本計画には原発新増設の文言は盛り込まれていない。