老朽化が進む松江市役所。左奥にある囲いの内側で基礎工事が進む

 松江市を象徴する宍道湖のほとりに広がる工事用の囲いの内側で、市の一大事業の基礎が着々と築かれている。150億円の公金を投入し、展望台を兼ねたテラスや地下駐車場を備える市役所の建て替えだ。2年前、再考を求める市民から住民投票の請求が出たが、止まらなかった。

 ▽新庁舎30億円増

 一部の市民には、市の計画の過程が見えにくく映っていた。20189月の計画で見込んだ事業費は120億円。19年11月には30億円の増額を公表した。

 着工が半年後に迫った20年5月に発足した市民団体が高額な事業費への疑問を投げかけた。「黙っておけますか。新型コロナウイルス禍でみんな生活に不自由しているのに」と代表を務めた島根大の片岡佳美教授(51)=社会学。予定通り着工するか、いったん中断するか。住民投票を目指した。

 そのためには、地方自治法により有権者の50分の1以上の署名を集めて条例制定を市長に請求する必要があった。「バスに乗ってまで署名に来た人がいた。政治に関心がなかった人も賛同してくれた」(片岡教授)。「ママ友」から輪を広げ、1カ月で14145筆を集めて請求要件を満たした。「この声は無視できない」と、20年9月に市へ請求した。

 「プロセスを踏んだのになぜこの時期か。『聞いていない』『知らない』と急に言われた印象。住民投票の必然性は感じられない」。当時、市長として受け取った松浦正敬さん(74)の考えは、職を退いた今も変わらない。市民に意見を募り、市議会も市の方針を認めてきたという。

 市議会で建て替えの特別委員長を務めていた立脇通也議長(70)は「議会の存在を否定された感覚が正直あった」と明かす。「市民に選ばれた議会が責任を持って判断する」「設計最終盤での住民投票は時機を逸している」…。市長の反対意見が付された住民投票の条例案を市議会は否決した。

 ▽住民に重い負担

 個別の政策で民意を把握できる住民投票。総務省によると、集計を始めた14年4月から21年3月までに実施されたのは全国で22件にとどまる。請求する住民は、規定に基づく署名簿で1筆を集め、条例案も作らねばならない。印刷代などの金銭面の負担もある。最後のハードルが議会だ。

 「集まった民意は何だったのかと思うけど、それまで無関心だったのも事実」と片岡教授。立脇議長も「どう情報を届けて理解してもらうか。大きな反省をさせられた」。声を上げた市民と市、市議会の考えに隔たりはあったが、それぞれ反省もあった。

 市議会は今年2月にも中国電力島根原発2号機の再稼働を巡り、是非を問う住民投票条例案を否決した。昨春に就任した上定昭仁市長(49)は住民投票がなじみにくい案件があるとしつつ「十分な情報発信よりも、市民から見て十分な発信がされていたかという目線で考えないといけない」と言う。民意をくむまちづくりとは。県都の新拠点が問うている。

 <クリック>住民投票 自治体の個別の問題について、有権者の民意を直接確かめる方法。近年は庁舎や図書館の建設、自治体名の変更などで是非を問うケースがあった。自治体が独自に実施するには、住民投票ができるように案件ごとに条例を定める必要がある。住民が求める場合、条例制定を求めて首長に直接請求しなければならず、有権者の50分の1以上の署名がいる。条例案は首長、議員も提案できる。いずれも議会で可決されなければ投票は実施されない。広島市など一定の制約を設けて常設型の条例を定めている自治体もある。