最新の難聴治療について学ぶ「きこえの市民公開講座」(NHK文化センター主催、日本コクレア協賛)がこのほど、広島コンベンションホール(広島市東区)で開かれました。広島大学病院耳鼻咽喉科学・頭頸(けい)部外科学講師の石野岳志先生と同病院の言語聴覚士・吉川浩平先生が登壇し、難聴の種類や特徴、人工内耳の装用効果や術後に必要なリハビリテーションなどについて講演。来場した約100人が、熱心に耳を傾けました。

装置埋め込み聴力改善

◎講演1「難聴の原因と治療」

広島大学病院 耳鼻咽喉科学・頭頸部外科学講師 聴覚・人工聴覚機器センター

石野岳志先生

 

 耳は外耳、中耳、内耳の三つで成り立ちます。外耳でキャッチした音は鼓膜で振動になり、中耳にある耳小骨を通って内耳に運ばれます。内耳に届いた振動は電気信号に変換され、脳に伝わり、音として認識されます。この一連の聴こえの仕組みが不調になった状態が難聴です。

 難聴には、外耳や中耳に原因のある伝音難聴、内耳や内耳にある蝸牛(かぎゅう)神経、脳に原因のある感音難聴、二つが合併した混合性難聴があります。感音難聴は、遺伝性など生まれつきの先天性と後天性に分かれます。後天性には、急に聴力が低下する突発性難聴、大きな音にさらされ続けることで起きる騒音性難聴、耳が遠くなる高齢者の加齢性難聴などがあります。聴覚の衰えは40歳ごろから始まり、70歳以上の約半数が加齢性難聴に該当します。加齢性難聴者の人数は国内で、1437万人以上とされています。

 難聴になると、必要な音が聞こえず、社会生活や言語発達に影響が出ます。家族や友人とのコミュニケーションがうまくいかなくなり、社会的に孤立し、うつ状態になる恐れもあります。高齢者の場合は認知症のリスクが高まります。しかし、難聴の自覚症状のある人が医師に相談する割合は48%に過ぎません。

重度難聴に有効な人工内耳

 伝音難聴の治療は手術を行うか、あるいは補聴器を使用します。感音難聴の治療法には薬物療法、補聴器、人工内耳があります。補聴器は音を大きくして聴力を改善させる機器で、手術は不要です。補聴器の装用効果が不十分な場合は、人工内耳を考えます。

 人工内耳は、皮膚の下に埋め込む体内装置「インプラント」と体外装置「サウンドプロセッサ」の組み合わせで成り立っています。サウンドプロセッサが感知した音をインプラントに送ると、内耳の蝸牛神経が刺激され、電気信号が脳に送られて音が聞こえる仕組みです。耳元で話されても聞き取れないほどの重度難聴の人に有効です。装用するには手術が必要で、聴力検査や補聴器の試聴・調整、画像検査を行い、患者の希望を尋ねた上で手術するかどうかを決定します。

 人工内耳を使うためには、耳の後ろを縦に4㌢ほど切開し、耳の骨を少し削ってスペースを設けてインプラントを埋め込み、電極を蝸牛に挿入する手術が必要です。3時間ほどで済みます。朝に手術を行えば、夕方には歩行や食事が可能になります。

 費用は保険適用になっている上、高額療養費制度や心身障害者(児)医療費助成などを利用すると個人負担を軽くできます。

 

成人の適応基準拡大

 成人と小児を対象とする人工内耳の適応基準は1998年に定められましたが、2017年に成人の適応基準が改定されました。平均聴力レベル90デシベル以上の重度難聴と70〜90デシベル未満の高度難聴に加えて、適切な補聴器を装用しても言葉を聞き分けられる程度(最高語音明瞭度)が50%以下の高度難聴の人も、人工内耳の適応となりました。

 小児の適応基準は、平均聴力レベルが90デシベル以上、または最適な補聴器を6カ月以上装用しても装用時の平均聴力レベルが45デシベルよりも改善しないか、最高語音明瞭度が50%未満とされます。14年から小児の適応年齢は原則として1歳(体重8㌔)以上に変更され、言語習得期以降に失聴した場合は、早期の手術を検討するようになりました。1歳で手術した方が、2歳以上になってするよりも言葉の遅れが少ない傾向があります。

 このほか、人工内耳の適応基準では両耳装用も認められています。両耳で聴くことにより、小さな音や遠くから聞こえる音を拾ったり、騒がしい環境下で特定の音を認識したりできるようになります。

生活の質の向上も

 17年の調査では、国内の人工内耳手術件数は千件以上に及び、10年間で倍増しました。高齢化が進む今後は、さらに増える見込みです。装用後の効果を尋ねたアンケートでは「音が聞こえるので安心」「社会からの疎外感がなくなった」「積極的になった」「会話が円滑にできるようになった」などの声が多く聞かれました。環境音を聞けることによる安全性の向上、孤独感や抑うつ状態の解消、仕事の継続や再開による経済面の向上、自信の回復、認知症の予防、地域との関わりが持てる―など生活の質(QOL)のアップが期待できるようです。

 近年は人工内耳の性能も進化し、目立たないコイル一体型やスマートフォンと連動させて電話や音楽を楽しめるタイプも登場しています。インプラントに磁石が入っていることによって以前は難しかったMRI(磁気共鳴画像装置)での検査も可能になるなど、利便性がさらにアップしています。聴こえに悩んでいる方やその家族はぜひ、専門医に相談してみてください。

 いしの・たかし 1997年広島大学医学部を卒業後、2003年同大学大学院医学研究科博士課程修了。広島大学病院助教、同病院診療講師などを経て18年から現職。耳鼻咽喉科専門医、気管食道科専門医、補聴器専門医。

 

生活音聞き取る学習を

◎講演2「人工内耳のリハビリテーション」

広島大学病院 言語聴覚士

吉川浩平先生

 

 人工内耳手術を受けた人には、機器を使って音をしっかり聞き取り、人とコミュニケーションできる状態に戻すリハビリテーションが必要です。

 具体的には、言語聴覚士がその人の聴力に合わせて、埋め込んだ電極の電気刺激のレベルを調整する「マッピング」を定期的に行います。マッピングにより、音の大きさの感覚を整えます。

 また、聴こえの障害の程度や失聴期間は患者さんによって異なるため、人工内耳を通して初めて聞いた音がロボットの声やただの雑音のように感じたり、クーラーや電子レンジの音を何の音か認識できなかったりする場合があります。そこで人工内耳に早く慣れるよう、できるだけ長く装用し、家族や周囲の助けを借りながら音の再学習をします。その音が何の音なのかが分かれば、雑音ではなく、生活音として認識できるようになります。

 言語獲得前の小児に対しては、人工内耳手術後のマッピングに加え、音声言語の習得と言語能力を養うリハビリテーションを行います。玄関のチャイムや電話の音、犬の鳴き声など、世の中にはさまざまな音や言葉があり、それぞれに意味があることを学習していくことが大切です。表情や身ぶりなど、非言語のコミュニケーションを活用することも、健やかな言語発達に欠かせません。

 

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