西日本豪雨の発生から、きょうで4年になる。平成最悪の豪雨災害であり、広島、岡山両県を中心に災害関連死を含めて300人を超す犠牲者を出した。失われた命の重さを思い、あらためて追悼したい。

 このところ7月には毎年のように豪雨災害が列島を襲う。今週も台風4号とそれが変わった温帯低気圧により、九州や四国などが大雨被害に見舞われた。中国地方が最も早く梅雨明けしたこの夏も油断はできない。

 土砂災害をはじめ、どんなリスクを抱える地域に自分たちが暮らしているか。「緊急安全確保」や避難指示などが発令されたらどう動けばいいか。家族でいま一度、確認しておこう。

 広島県内の被災地を訪れると土砂災害の爪痕は表面上、もう分かりにくい。道路や河川の復旧、砂防ダム建設といったインフラ面の整備は前に進んだ。避難生活が続く被災者もいる一方で、元の場所で暮らしを再建させたり、地域再生に取り組んだりする人も目立ち始めた。

 復興とともに、自治体が主催する追悼行事も縮小傾向のようだ。しかし災害体験の風化はできる限り、食い止めたい。

 直接の被害がなかった住民の間で災害への危機感が薄らいでいくのは、ある意味で避けられないのかもしれない。あの東日本大震災にしても、思えば23年後には被災地ですら風化が懸念され始めていた。

 住民は入れ替わり、幼い子どもは成長していく。4年前の惨状を思い返すだけでなく、それぞれの地域で過去の災害をメカニズムとともに語り継ぎ、教訓として防災教育などに生かす。そんな継承の営みを地域ごとに強化したらどうだろう。

 15人が死亡し、1人の行方が分からない広島県坂町小屋浦地区の事例が参考になる。4月末に町が災害伝承ホールを設置した。被災当時の状況や住民の証言、過去の災害について展示する施設である。地元の小学生たちは記憶を語り継ぐ紙芝居を作った。地区の防災士会も豪雨を経験した住民の声を映像にする取り組みを始めるという。

 こうした地域主体の継承活動では、災害時の避難所の運営ノウハウや課題も、次への備えとして伝えていくのが望ましい。

 その中で気になるのが災害弱者への目配りである。昨年の法改正で、支援が必要な高齢者や障害者一人一人の避難方法を定める「個別避難計画」が自治体の努力義務とされた。中国地方で作成を終えた市町村が47%にとどまるのは心もとない。

 ここにも4年前の重い教訓がある。倉敷市真備町では堤防決壊で住宅街が浸水し、関連死を除いて51人の犠牲者を出した。その中に軽度の知的障害がある27歳の母と5歳の娘がいた。水が引いた後、自宅の中でわが子を抱きしめた状態で見つかる。避難を呼びかけられても「避難所の場所が分からない」と母親は口にしていたという。同じ悲劇を繰り返してはならない。

 今回も高知県で確認された「線状降水帯」の事前予報。避難情報などを伝えるスマートフォン用防災アプリ。西日本豪雨などを教訓にした取り組みがさまざまに緒に就いた。ただ最新の手段に十分にアクセスできない人たちもいることを忘れたくない。防災に欠かせないのは、やはり弱者の視点である。