爆心地から約900㍍で全焼した鉄筋7階建ての中国新聞社の新館㊧。手前の曲がった鉄骨は小田政商店の残骸。1945年9月までに撮影されたとみられる(下田博章さん提供)

 194586日、米軍が投下した原爆で壊滅した広島市中心部の繁華街などの惨状を収めた写真7枚が、広島市西区の被爆者の下田博章さん(95)から本紙に寄せられた。亡き叔父から生前にもらい受けたという。被爆から間もない45年末までに撮られた原爆写真の中でも比較的早い9月までの撮影とみられるカットが含まれており、原爆資料館(中区)は被爆の実態を知る上で貴重な資料だとしている。下田さんは写真を同館に寄贈する。

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 7枚の写真のうちの5枚は、戦前から繁華街だった八丁堀(現中区)周辺の様子を記録。爆心地から約700メートルにあった百貨店の福屋新館(現八丁堀本店)周辺の焼け跡や、