福屋新館の東南側付近から南の今の新天地(中区)の方に向かって見た焼け跡。中央に鉄筋2階建てで焼け残った多田小児科、その左に似島が見える(下田博章さん提供)

 広島市西区の下田博章さん(95)から本紙に寄せられた被爆直後の市内の写真7枚には、繁華街だった八丁堀(現中区)周辺や広島駅(現南区)近くの市街地が悲惨な廃虚と化した姿が記録されている。被爆から77年。被害の実態を伝える写真の重要性は増す。自身も被爆した下田さんは被爆の記憶の次世代への継承に役立ててほしいと願っている。