「こわいをしって、へいわがわかった」。ことしの沖縄全戦没者追悼式で、7歳の少女の詩は聞く者の胸を突いた。その詩心をかきたてた「こわくてかなしい絵」こそ、広島ゆかりの画家丸木位里・俊夫妻の「沖縄戦の図」だった▲制作に当たり、夫妻は160冊を超す本を読み込んだという。集団自決の場に居合わせるなど死線を越えた体験を聞き取る際は、現場に足を運んだ。故人の無念にも耳を傾け、絵筆を執る機が熟すまで待ったのだろう▲8月6日の記憶を手繰る「原爆の絵」原画展が、廿日市市役所にある小さな美術館で催されている。広島市立基町高の生徒が毎年、被爆者と心を通わせ1年がかりで描き出す。「こわくてかなしい絵」100点が並ぶ▲薄れぬ記憶の重みが画題から伝わってくる。〈防火用水の中で立ったまま焼かれた被爆者たち〉〈死んだ我が子を背負う若いお母さん〉…。戦後生まれにとって、想像も及ばぬ生き地獄である。何度となく描いてみては消し、色を重ねたに違いない▲協力した被爆者の一人は「私の心を代弁してくれる伝承者ができた」と添え書きをしていた。8・6の体験や記憶を受け継ぐ、こんな形もあると教えられる。