原爆供養塔の前で犠牲者を追悼する畑口会長
「友愛の碑」の前で黙とうする参列者
広島二中原爆死没者慰霊祭で手を合わせる参列者
千羽鶴をささげる舟入高の生徒
県立広島第一高等女学校原爆犠牲者追悼式で黙とうする参列者
電気通信関係原爆死没者慰霊式で慰霊碑に花を手向ける参列者
「嵐の中の母子像」に花を手向ける参列者
旧中島町の慰霊祭で手を合わせる参列者
慰霊碑に花を手向ける森本さん
新聞・通信社の犠牲者を悼む碑の前で手を合わせる参列者
基町高内の慰霊碑前で献花する参列者
荒神堂境内の慰霊碑前で黙とうする参列者
広島郵便局原爆殉職者慰霊祭で焼香し、犠牲者を悼む参列者
広島高等師範学校付属中の犠牲者の慰霊碑に献花する生徒たち
原爆殉職者慰霊式で献花して手を合わせる参列者
慰霊塔の前で営まれた県動員学徒等犠牲者の会原爆死没者追悼式
大竹市の式典で平和への誓いを読み上げる橋本さん
坂町小屋浦の慰霊碑に献花し、手を合わせる被爆者や遺族たち
(写真 全18枚)

 ◆原爆死没者慰霊行事(平和記念公園)

 広島戦災供養会の役員たち19人が原爆供養塔前で犠牲者を悼んだ。コロナ禍のため昨年と同様、遺族や一般の参加者約70人はテントの外から見守った。畑口実会長(76)=廿日市市=は、広島鉄道局の助役を務め広島駅で直爆死した父二郎さんに思いを寄せ、「一瞬にして多くの人が命を奪われた。塔に納められている約7万人の遺骨を、これからも供養し続けることが私たちの務め」と力を込めた。

 ◆広島二中原爆死没者慰霊祭(平和記念公園)

 広島二中(現観音高)の卒業生や遺族約80人が、亡くなった約350人を追悼した。当時1年生だった光成洋さん(90)=安佐南区=は、あの日、福山市へ疎開しており無事だった。「いまだにこの世で生きていることに申し訳なさがある。戦争は絶対にいけん」とかみしめた。友人の名前が刻まれた碑を見つめ、「来年も来るよ」と語り掛けた。

 ◆県職員原爆犠牲者追悼(中区加古町)

 県庁跡近くの慰霊碑前で、県職員や遺族たち約30人が犠牲者1142人を悼み、手を合わせた。名前が刻まれた碑に見入っていたのは、中区の田川和俊さん(69)。伯母サトコさん=当時(21)=は被爆から2、3日後に息を引き取ったという。田川さんの母ミサトさんも、この式典に毎年参列していたが昨年亡くなった。「2世も高齢化しているが、原爆や平和に関心ある若者がたくさんいるのが救い」

 ◆嵐の中の母子像供養式(中区中島町)

 広島市地域女性団体連絡協議会の会員30人が、原爆資料館の南側にある像の前に集まり、花束と千羽鶴を手向けて全員で黙とうした。山田豊子会長(71)は「原爆が投下された時、この像のように子を守ろうとする母親のたくましい姿がたくさんあったのだろう」と語り、「被爆者が年々減少する中、原爆について私たちが知っていることを後世に伝えたい」と誓った。

 ◆県動員学徒等犠牲者の会原爆死没者追悼式(平和記念公園)

 遺族たち約50人が、原爆ドームの南にある慰霊塔の前で犠牲者を悼んだ。府中町の主婦安達正恵さん(61)は、母の金光悦子さん=2020年に死亡=をしのび参列。あの日、悦子さんは建物疎開作業のために集まった南竹屋町(現中区)の運動場で被爆し、顔の右半分や右肩などにやけどを負ったという。「今も世界で核の脅威や戦争がなくならない。ウクライナでの戦いの終結や、一日も早い核廃絶を望みます」と話した。

 ◆日本損害保険協会中国支部「友愛の碑」慰霊祭(中区中島町)

 平和大通り南側の緑地帯にある碑の前に、加盟する損害保険業界の関係者約50人が集まり、代表者が献花した。原爆が投下された午前8時15分には、全員で黙とう。犠牲となった89人に祈りをささげた。同支部の谷口徹委員長(53)は「先輩の苦難に思いをはせながら献花した。安心安全な社会を目指して損保会社の役割を果たしながら、若い世代にも(平和の尊さを)発信していきたい」と語った。

 ◆大竹、鈴張、湯来、小屋浦でも式典

 大竹市立戸の市総合市民会館の原爆慰霊碑「叫魂(きょうこん)」前であった原爆死没者追悼・平和祈念式典には、市内の被爆者や遺族たち約400人が参列した。

 市原爆被爆者協議会と市、市教委の共催。地元の小中高生各1人が「平和への誓い」を読み上げた。大竹高2年橋本萌(めぐみ)さん(17)は「過去の記憶の継承こそ戦争を止める大きな力になる」と訴えた。

 広島市安佐北区安佐町の鈴張小近くの慰霊碑前では、鈴張地区遺族会が慰霊祭を開催。地域住民や同小6年生たち46人が黙とうをささげ犠牲者を悼んだ。

 原爆投下後、地区には多くのけが人が運ばれてきた。伊井稔会長(85)は「戦争の悲惨さと平和の尊さを後世に語り継ぐ」と決意を述べた。児童代表は「核兵器廃絶を呼びかけていきたい」と作文を読み上げた。

 佐伯区湯来町の市湯来福祉会館の慰霊式は今回から町内の原爆被害者の会と小中3校が合同で実施。被爆者や子どもたち約50人が黙とうをささげた。

 坂町小屋浦の町自然災害伝承公園内にある慰霊碑前では、町原爆被害者友の会や小屋浦小PTAなどによる実行委が慰霊のつどいを開催。約150人が参加した。阿部愛子さん(92)=安佐北区=は竹屋町(現中区)で被爆した父親が小屋浦海水浴場の救護所で亡くなった。「ここに来ると父に会える気がする」と碑前で手を合わせていた。