急な坂道がある広島土砂災害の被災地。早めの避難に向けて模索が続く(広島市安佐南区)

 77人が犠牲になった広島土砂災害は発生から20日で3年となる。安佐南、安佐北両区の被災地では砂防ダム建設などの復興事業が進み、住民に避難情報を伝える方法も見直された。ただ、迅速な避難や心のケアといった課題はなお残る。全国で豪雨災害が相次ぐ。広島の被災地などから備えや方策を考える。

 ▽高齢者支援や勧告慣れ課題

 6月末の未明、広島市安佐南区八木3丁目の増田勝義さん(77)は、避難勧告を伝える市の緊急速報メールで目覚めた。傾斜地にある自宅で妻、次男と3人暮らし。避難所の梅林小まで約250メートルの道は狭く車の離合も難しい。「災害を経験し逃げる大切さはよく分かる。でも、激しい雨の中、狭い坂道を下るのは危険」と踏み出せなかった。

 未明の豪雨と雷鳴…。「あの日」と似ていたが、近くの無職男性(71)も自宅にとどまった。災害後、山際には国が整備した砂防ダムがそびえる。「土石流を思い出したが、ダムがあるので大丈夫」。被災地では「高齢の親を夜に連れ出せない」「3年前と比べて雨脚が弱かった」などの声もあった。

 3年前の土砂災害では、市の避難勧告が災害発生後になり、発表の遅れも指摘された。市は対策を大幅に見直し、雨量や土砂災害の危険度に応じ、避難所の開設が間に合わなくても避難勧告・指示を出す運用を始めた。携帯電話を強制的に作動させる緊急速報メールも、局地的な災害でも活用できるよう改めた。

 ■「ダム 過信禁物」

 しかし、6月末の豪雨で市が八木3丁目などを対象とした避難所の梅林小での利用は1人。「度重なる避難勧告とその伝達に、年を追うごとに『慣れ』が生じている」と安佐南区の自主防災会の役員男性。ダムの整備を進める国土交通省太田川河川事務所は「緊急事業は崩れた谷筋に残る土砂の流出を防ぐため。別の山が崩れる恐れもあり、過信は禁物」と呼び掛ける。

 避難者が少ないのは、被災地に限らない。6月末の豪雨で市は約31万人を対象に避難勧告を出したが、市の避難所に駆け込んだのは最大88人。山から遠い部屋に移ることなども重要な避難行動だが、市災害予防課は「勧告は伝わっているはずで、やはり少ない」。

 ■町内会、協定結ぶ

 高齢化が進めば、避難が遅れがちなお年寄りは増える。市は、早めの行動などを呼び掛けようと6月にチラシを作り、自主防災組織に配り始めた。高齢者などに避難勧告・指示が予想される段階での行動を求め、隣近所に声を掛けて率先避難することが、周囲の避難も促すとしている。

 早期避難への取り組みは災害直後から広がっている。11人が亡くなった同区緑井7丁目の町内会「八敷福祉会」(約540世帯)は、降り始めからの雨量が30ミリに達した時、事前登録者にメールで伝える。同福祉会や八木ケ丘町内会(八木4丁目)は地区内のマンションなどと協定を結び、お年寄りたちが遠くの避難所に逃げなくても、通路や階段に駆け込める体制を整えた。

 「情報伝達などの取り組みが格段に進んでも、避難を行政や人任せにしては逃げ遅れの悲劇につながる恐れがある」と国立高等専門学校機構(東京)の加納誠二教授(防災工学)は指摘。「勧告の意味を自分で精査し、率先避難を支援する体制が重要だ」と強調する。

 あの日から3年。教訓を共有し、高い意識をどう持ち続けていくか。一人一人が改めて問われている。