▽回り道 それも肥やしに

 常連客に交じり談笑しているのは、大将の中野浩行さん(56)。陽気な店づくりは、若いころイタリアを旅したのがきっかけだった。

 高校時代に家出し、新聞販売店に住み込みで働きながら通学した。貯金で専門学校へ進むつもりだったが、入学するには保護者の承諾が必要だった。既に関係は決裂していたため、苦渋の思いで諦めた。後先を考えず、その金で欧州行きの飛行機に飛び乗った。

 たどり着いたのは、水の都ベネチア。朝市で買った魚で現地の漁師に刺し身を振る舞うと、瞬く間に打ち解けた。「言葉は通じなくても、おいしい物を囲めば心は通い合う」―。2カ月滞在し、傷ついた心を癒やした。飲食店を開く夢は、このとき生まれた。

 帰国後、接客業や司会業を転々とした。吉本興業で漫才師の付き人をしたこともある。すぐに飲食業界へ進まなかったのは、さまざまな経験を将来の肥やしにしたかったから。店で各地の料理を食べられるのは、転勤の多い販売業での経験が生きているそうだ。

 ただ、5年前にようやく開いた店の切り盛りは妻の静江さん(53)任せで、本人は客との酒を楽しんでいるように見える。これもイタリア男直伝なのだろうか。