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言ノ葉ノ箱
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花盛りの町を行く

2021/3/31

 仕事場にしているマンションの階段に、桜のはなびらが一枚落ちていた。近くに桜の木は見当たらないので、誰かの身体に乗ってやってきたのかもしれない。指でつまんだら、たちまちとけてなくなりそうなほど薄くて小さい。春になれば、樹上で明るい陽(ひ)ざしを浴びつつ圧倒的な存在感を見せる満開の桜。その最小単位である一枚のはなびらは、こんなにもはかない。
 子どものころは、桜といえば入学式のころに咲くイメージだったが、温暖化の影響からか、この頃は卒業式のころに咲くことの方が多い。今年も東京では3月14日に開花宣言が出て、現在、花盛りである。
 仕事場を出て、あたたかな空気に誘われるように外を歩くと、そこここで桜の花に出会う。昨年の6月にこの欄で書いた、正岡子規と高浜虚子が立ち寄った道灌山の諏方神社は、高台にどっしりと根を張った桜の大木が桜の花を咲かせていた。野性味のある枝ぶりが美しい。

諏方神社の桜

諏方神社の桜

 山を降りて、団子坂と呼ばれる坂を上ってずっとゆくと、象の石像に目が止まった。二頭の象が、狛犬(こまいぬ)のように門の上に対になって置かれていたのだ。瑞泰寺という寺で、門の向こうに、桜の花が春日にふっくらとふくらんでいた。こぶりな象が、かすかに微笑(ほほえ)みながら桜を見守っているようである。

象の石像と桜

象の石像と桜

 さらに駒込方面に足を延ばすと、枝垂れ桜が奥深くまで植えられている神社があった。「吉祥寺」という名前の寺で、東京都武蔵野市にある吉祥寺という町名は、火事で焼け出されたこのあたりの人が移住してできた町だからだそうだ。
 神社の奥には八百屋お七と吉三郎の墓がある。井原西鶴が「好色五人女」で描いたお七の話では、この吉祥寺に避難した際に、吉三郎に恋をしたとのこと。火災後それぞれの住居が遠くなったが、お七は会いたさが募るあまり、もう一度火事になれば恋しい人に会えるだろうと自宅に火をつけたのだ。ほんとうに二人の骨が納められているわけではなく、物語にちなんで建立されたようである。

吉祥寺の枝垂れ桜

吉祥寺の枝垂れ桜

 桜が長年同じ地で、毎年こうして花を咲かせられるのは、大火を被ることがなくなったからでもある。燃え広がる火と、次々に開いていく桜の花とは形状が少し似ているが、後者は平和の象徴なのだ。
 昨年の今ごろ、新型コロナウイルスの感染が急拡大したため、上野のお花見に集まった人などが非難された。花を見にいくことが非難の対象になるなんて、これまでは想像できないことだった。今年は最初から宴会禁止である。花の下での宴会については以前から違和感があったので、無言で花を眺めて無言で立ち去る、このしずかな花見の形は悪くないと思う。

川べりに桜ひともと咲き満ちて一糸まとはぬ命のかがやき 
                    高野公彦

 花々を「一糸まとはぬ命のかがやき」と思うと、その清々しい美しさがさらに胸に染みてくる。
                 (歌人・作家)

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