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言ノ葉ノ箱
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木漏れ日とポピー

2021/4/30

 私の住んでいる東京では、4月25日から3度目の緊急事態宣言が出され、今年の連休も外出を控えなければならなくなった。またしても黙々と散歩でもするしかないな、と思いつつ、仕事場のまわりを歩いていると、花の時季を終えた桜の木などの新緑がきれいに生えそろい、道にすてきな木漏れ日が揺れている。よく晴れて、気持ちのいい風も吹いている。木漏れ日の下を歩くことがなによりも好きだったことを思い出す。

わたしより年上の馬世におらず今年も坂道(ここ)に木漏れ日がある
                     東直子

 馬の寿命は20〜30年らしいので、私より年上の馬はいないのだなと思って、このように詠んだ。ただしギネス記録では62年も生きた馬がいるらしい。もしかしたら私より年上の馬がどこかで生きている可能性もあるかもしれない。
 それはともかく、なぜ唐突に馬を思ったのかというと、歌に詠んだ「坂道」には、かつて森鷗外の住居があり、通勤用の馬がその家で飼育されていたからである。優雅な出勤方法だったと思う。
 坂道の上の高台には、都内をめぐる通勤列車でもある山手線を見下ろせる児童公園があった。風雨にさらされて年季の入ったシンプルなベンチに木漏れ日が当たっている。数分ごとに列車が行き交う様子を、そのベンチに座って眺めた。

木漏れ日とベンチ

木漏れ日とベンチ

 近づいてきて遠ざかる物として列車を眺めると、なんと長い乗り物かと思う。毎日ここにぎっしりと人が乗って移動しているのだと思うと、たいへんなことだと思う。といっても、緊急事態宣言下にあるせいか、昼間の乗客はまばらに座っている程度のようだった。
 2回目の緊急事態宣言のときと違い、東京都では、デパートやイベント、映画館などに営業自粛要請が出された。イベントや芝居など、直前になってキャンセルの知らせが入った。時間と労力をかけて準備をしてきたのに、こんなに目前になって中止となるなんて、どんなに無念なことだったかと思う。感染拡大予防のために仕方のないことなのかもしれないが、措置に対する納得できる理由をもっと示してほしいと思う。理由が解(わか)らないまま不条理に運命を翻弄(ほんろう)されるなんて、抑圧としか感じられない。
 古びた遊具の残る児童公園には、藤の花がふっさりと垂れていた。坂の下の方の藤はもうすっかり花が終わっていたので、高台は少し気温が低いのかもしれない。

公園の藤棚

公園の藤棚

 金網に囲まれた空き地に、ポピーを見つけた。野に咲くポピーは、たいていこんなふうにとても小さい。小さくても、ポピーとしての命を確かに繋(つな)いでいる。
 ずいぶん昔に、短歌教室の人と吟行をして野生化したポピーを詠んだことがあった。

さぐり合う過去など持たずいることのこんなところにポピーが咲いて
                     東直子

金網とポピー

金網とポピー

 のんびりと皆で散策しながら歌を詠める日が、早くきてほしいと願うばかりである。
                 (歌人・作家)

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