運動部デスク日誌

伝説のストライカー

2021/5/5

 中国新聞SELECT(セレクト)で毎週火曜日、J1サンフレッチェ広島の歴史を彩った選手の新入団当時の記事を再掲している。4日付で1995年入団の久保竜彦さんが登場した。伝説のストライカーだ。
 当時、福岡・筑陽学園高卒の18歳は、純朴で寡黙だった。取材では「よかったです」「うれしいです」と、答えはいつもシンプル。自然派というか、着飾らない言葉や、素朴な性格は人間味があった。だがピッチに立つと一変。左足から地をはうような強烈なシュート。浮き球に手を伸ばしたGKより高く跳び、頭で捉える。脅威の身体能力に度肝を抜かれた。
 やがて広島で不動のエースに。移籍した横浜Mではリーグ制覇に貢献。日本代表にも定着し、2006年のワールドカップ(W杯)ドイツ大会の代表入りは確実視されていた。W杯代表発表の会見場。ジーコ監督はGKから代表選手の名前を順に読み上げていった。「ヤナギサワ、タマダ、マキ」と言った瞬間、思わず「えっ」と声を上げた。会場にもどよめきが起きた。大半の記者が「クボ」と呼ばれると確信していたが、巻(千葉)がサプライズで選出された。いまも語り継がれるシーンだ。けがも多く、土壇場でアピールした巻に逆転された形となった。
 けがに悩まされながらもJ1通算94得点、日本代表11得点。万全なら、どれほどのゴールを挙げていたか。ワールドカップでも十分通用したであろう。日本サッカーの歴史を変えたかもしれない。見たかったな、としみじみ思う。
(下手義樹)


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