運動部デスク日誌

今、カープがいるということ

2021/5/29

 「パパ、広島の街がきょうは明るいよ」。息子の言葉で、マンションのベランダへ出た。中心部のビルやホテル、マンションの夜景を明るい光が包んでいる。マツダスタジアムの照明塔の明かりだ。「そうか、きょうから試合再開だった」。27日夜のことである。

 「当たり前」と思っていたものほど、喪失感は大きい。広島東洋カープを襲った新型コロナウイルスの感染拡大。21日からの阪神3連戦など計5試合が延期となった。「毎日、灯が消えたみたいだわ」。赤ヘル党の友人からメールが届く。他球団が普通に試合をしている現実が、余計に寂寥感を募らせるのだという。

 思えば、「当たり前」が当たり前ではない時代もあった。カープが創設された当初のことだ。「われらカープ人」という連載を担当し、その当時の話を取材してまわったことがある。資金不足で球団存続の危機を迎えていた1950年代。他球団との合併話もあった。「負けてもええんよ。カープがあって、応援できるだけで十分よ。生きがいなんやから」。のちに応援団を組織された平田政輝さんの言葉を、ふと思い出した。

 28日、編集局でカープファンの歓声が響く。今夜は広島の空にマツダスタジアムの光はないけれど、千葉での赤ヘルナインの頑張りは、コロナ禍にある広島の街を明るくともしたことだろう。今、広島にカープがいるということ。緊急事態宣言の延長が決まった夜、その意味をかみしめている。(小西晶)


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