運動部デスク日誌

ママアスリートの先駆者

2021/6/24

 中国新聞では「声を上げる女性アスリート」を連載中だ。(中)では結婚、出産を経て第一線で活躍する選手がテーマ。柔道五輪メダリストの谷亮子、陸上100メートル障害で日本記録を樹立した寺田明日香らが有名だが、いまから半世紀以上も前、前例のない「ママアスリート」として活躍した選手がいる。三原市出身で体操の池田敬子さんだ。

 日本代表のエース格だった池田さんは、1964年の前回の東京五輪の前年に第2子を出産。協会には「翌年に五輪があるのに出産とは何事だ」とひどく怒られたというが、逆に「やってやる」と闘争心に火がついた。産後1週間で練習に復帰。合宿中は旅館に子ども2人を連れて行って練習に励んだ。東京五輪では団体で銅メダルを獲得した。

 10年前、本紙連載「生きて」の取材で長期間話を聞いた。当時77歳。待ち合わせ場所にさっそうと自転車で現れ、「私はまだ引退とは一言も言ってないのよ。逆立ちも宙返りもできる」と元気いっぱい。当時の苦労も「夫の理解や協力もあったし、全てが新鮮で楽しかった」と笑顔で振り返っていた。ただ、いまでも忘れられない言葉がある。「妻、母ではあるが、体育館に入ると競技者になる。戦場に子どもを連れていけません」。どれほど相当な覚悟で取り組んでいたかが分かる。

 現在は練習場への託児所併設など、ママアスリートへの環境整備が進むが、出産を機に引退を余儀なくされる選手も少なくない。当時の世論や常識と戦いながらいまの道筋を築いた、先駆者の偉大さをあらためて実感した。(下手義樹)

#東京五輪・パラ


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