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言ノ葉ノ箱
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和紙と草花と金魚

2021/9/30

 コロナ禍が電子メディアの浸透を促進し、紙に印刷した文字を読む機会がさらに減ってきているような気がするが、私は今でも紙に書かれたものを読む方が好きである。
 少し前に観(み)た映画「ブータン 山の教室」の中の紙にまつわるエピソードが記憶に残っている。車が通れるような道路はなく、1週間以上歩いて登らないと辿(たど)りつけない山の上の秘境の村では、紙はたいへんな貴重品で、山の学校に通う子どもたちも、紙のノートを持っていない。新しく赴任した先生は、自分の部屋の窓に貼られていた古い紙をはがし、子どもたちとの授業に使っていた。標高4800メートルの山の上は、とても寒い。窓の紙は防寒のためになくてはならないようなものだったと思うが、その時は紙を手に入れる術(すべ)が他になかったのだ。
 江戸時代のはじめに、日本から初めてヨーロッパに派遣した慶長遣欧使節の欧州での様子を描いた絵に、日本人が鼻をかんで捨てた紙を現地の人が拾っている場面があった。薄い紙がめずらしかったのだ。
 紙が貴重だった時代や場所のことを想像しながら、目の前の紙にふれてみる。紙はふれるとかすかな音をたてる。紙質や厚さによってその音は微妙に異なる。陽(ひ)の当たる所に置けば、少しあたたまる。手触り、音、温度。紙は、身体を持っている。

物語の中にさわさわ風が鳴り和紙にふれたる親指の発光 
                    井辻朱美

 和紙には、独特の風合いがある。この歌では、物語の書かれた和紙にふれた親指がその内容を直接感じ取って反応したようである。

和紙の里

和紙の里

 埼玉県の東秩父村に、「和紙の里」がある。東秩父村は埼玉県唯一の村で、村の中の「道の駅」としての複合施設の中に手漉(す)き和紙の製品が販売されている。ここで、1300年前から受け継がれてきた和紙漉きの体験もできる。施設周辺に生えている草花を摘んで漉き込むこともできるとのこと。

和紙と草花

和紙と草花

 白濁した液体が草花を包んで漉かれ、次第に乾いて一枚の紙になる。和紙の原料はコウゾという植物なので、植物同士が新たに融合して生まれた形だと思う。花を抱いた紙は、可憐(かれん)でとても美しい。赤い花びらを透かす和紙を見ていて、思い出した歌がある。

円形の和紙に貼りつく赤きひれ掬われしのち金魚は濡れる
                    吉川宏志

 金魚を掬(すく)うための円の中に貼られる和紙。あの薄い和紙の上にひととき捕らえられ、空中に持ち上げられた金魚のつややかさが印象的に描かれている。もちろん水中にいたときから金魚は濡(ぬ)れているが、水を纏(まと)っていることを直接感じさせる状態になって初めて強く意識されたのだ。つかの間の紙の上の金魚。はかない一瞬である。

コウゾの繊維

コウゾの繊維

 和紙漉きの工房で、コウゾの繊維を鮮やかな色に着色したものを見せてもらった。しなやかで伸縮自在である程度の強度もあるそれは、どんな形にでもよりそう、やさしい可能性に満ちていた。
                 (歌人・作家)

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