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言ノ葉ノ箱
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雪の力

2014/2/26

 今年の2月、関東でたて続けに大雪が降り、めったに雪の積もらない都心でも積雪が30センチ近くになった。鉄道は運休し、道路は閉鎖され、交通網がたちまちまひし、混乱が生じた。また、雪の重みで電線が切れ、多くの世帯で停電が起きた。主要道路に車が立ち往生したまま動きが取れなくなり、野菜や物資の流通に支障が出た。

雪遊びを楽しむ人々(筆者撮影)

雪遊びを楽しむ人々(筆者撮影)

 最初の降雪のときには、次の日が日曜日でよく晴れていたこともあって、のどかに雪で遊ぶ家族の姿を見かけてほのぼのした気持ちになったのだが、再度の降雪による被害の大きさには、ふるえてしまった。甲府市の1メートルを超える積雪は、120年ぶりだという。
 新潟に住む友人に、一晩で1メートルを超えるくらい積もることはあっても普通に生活している、と聞いていたが、そうしたことを予測していない場所では、自然の猛威に対してたちまち太刀打ちができなくなる。

雪で埋もれた階段

雪で埋もれた階段

 もしも雪に閉ざされた状態で停電してしまったら、わが家ではすべての暖房器具が使えず、給湯もできない。非常事態を予測しつつ、2011年の東日本大震災のことを思い出さずにはいられなかった。
 文明の利器に囲まれて、さまざまな悪天候からも常に安全に守られているように無意識のうちに感じているが、空から降ってくるものを、人は止めることができないのだ。

秋葉原に向かう道

秋葉原に向かう道

 30センチの積雪で混迷する東京在住の一人として、雪国で暮らす人々のたくましさ、すばらしさにあらためて感服してしまった。

しろがねの雪ふる山に人かよふ細(ほそ)ほそとして路(みち)みゆるかな        斎藤茂吉

 雪深い山形の村に生まれた茂吉が詠んだ雪の山道。細々としてみえる路を頼りに生きる、寡黙で芯の強い雪国の人々の生活の一端が見えてくるようである。

いつさいを降りくらめくる雪しまきまなこ閉ぢつつ鳥にはなれず              辺見じゅん

 富山県で生まれた作者の冬は、深く厳しい雪とともにあったことだろう。雪しまきの中で目を開け続けるのは難しい。さらに、足をとられる雪で前に進むことも難しい。雪の力の前に、人間ははかない。今鳥になれたら、と一瞬想(おも)い、しかし即座に「なれず」と思い直した。

汚れたる根雪の上にまた降る雪・不覚かさねて生きてゆくべき                 斎藤史

 斎藤史は、戦争悪化に伴い、当時住んでいた東京から、1945年に長野県安曇野市に疎開し、以後この地に定住した。安曇野は、二・二六事件に関わった軍人として知られ、歌人でもある父、齋藤瀏の故郷である。「汚れたる根雪」は、自責の念の残る「不覚」を象徴している。
 今回、東京で初めて「根雪の上にまた降る雪」を経験した。雪は白く美しいだけではなく、頑固で恐ろしいものでもある、と痛感した。不可解な人の心のように。
                 (歌人・作家)

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