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言ノ葉ノ箱
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舞台化された穂村弘

2014/4/3

 今月はじめに、藤田貴大さん演出の舞台「マームと誰かさん・よにんめ 穂村弘さん(歌人)とジプシー」を原宿のVACANTで見た。藤田さんが主宰する演劇団体「マームとジプシー」と穂村弘さんとのコラボレーションで、舞台に立ったのは看板女優の青柳いづみさん一人。

春の原宿にて(いずれも筆者撮影)

春の原宿にて(いずれも筆者撮影)

 「マームとジプシー」の舞台は何度も見ているが、青柳さんはたいてい、アースカラーのシンプルな衣装で、孤独な少女のつぶやきと叫びを届けていた。今回は、穂村さんのエッセー「世界音痴」などを、スウェットスーツに黒縁眼鏡で語りながら菓子パンを握っていた。つまり、エッセーの中の穂村さんの扮装(ふんそう)をし、その行動を模していたのだ。神秘的な雰囲気をまとっていた青柳さんが、部屋に戻って放心しつつ、かすかな毒を蒸発させているようで、キュートだった。
 穂村さんは、独特の筆致で現実の世界と接する上での違和感を描き続け、多くの若者の共感を得てきた。穂村さんのエッセーを読むと、それまでなんとも思わず通りすぎていたものが不思議な輝きを帯びはじめ、世界の感触が変わる。なんだかおもしろくて、変で、いとおしい瞬間が、心の中で目覚めるのだ。
 私は、穂村さんの作品には、短歌で初めて出合ったのだが、その第一歌集「シンジケート」のあとがきのかわりに置かれた「ごーふる」と名づけられた文章に感銘を受け、何度も読み返した。20年以上も前のことである。その文章を青柳さんが舞台で朗々と暗唱しはじめて、はっとした。穂村弘という人は、表現者としておそろしく一貫している、と。
 「ごーふる」は、物語仕立てになっている。「カルピスを飲むと白くておろおろした変なものが、口からでない?」と言った女性と、その「おろおろしたもん」が出てきたときに「もう生きてやらんぞ」と思ってしまった「私」との奇妙な関係が綴(つづ)られる。女性が語る「私たちは、つるつるでごーふるなのよ」という一言は、絶望と憧れが一人の体内で衝突したのち発酵して生まれた、光のような言葉だと思う。

人はこんなに途方に暮れてよいものだろうか シャンパン色の熊 
                     穂村弘

 「シャンパン色の熊」は、とてもきれいな夕陽(ゆうひ)に同化しつつ、いつまでもふんわりと無力な笑みを浮かべていそうだ。
 舞台の途中で穂村さんのインタビュー映像が映し出された。その中に、子どもの頃から引っ越しの多かった穂村さんがこれまでに住んだ家の間取り図を、そのときどきの思い出を語りながら作成していくシーンがあった。あるときの引っ越しが、母親が受けた占い師からの助言によるものだったと最近父親に聞いて知った、という話がおもしろかった。子どものときは、有無を言わさず両親の人生に添うしかないのだ。
 舞台が果てたあとには、青柳さんが散らした、穂村さんの短歌や、言葉の断片を書いた手紙の封筒と中身が、乱雑かつ美しく、散っていた。
               (歌人・作家)

散乱する手紙

散乱する手紙

穂村さんと同じ青いジャージを着る藤田さん

穂村さんと同じ青いジャージを着る藤田さん

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