趣味・食・遊ぶ

お寺が消える
  • この記事にコメントする

清流・丁川(よろがわ)流域から 広島・太田川上流編<3>

2015/8/25
写真@廃寺となった栖心寺(広島県安芸太田町田ノ原)

写真@廃寺となった栖心寺(広島県安芸太田町田ノ原)

広島・太田川上流編<3>
 清流・丁川(よろがわ)流域から

 山県郡安芸太田町加計は太田川の支流が集まるところに開け、昭和初期まで舟運で栄え、1970年代まで「郡都」としてにぎわった町である。街並みの東で太田川に合流する丁川(よろがわ)は清流で知られ、アカザ、カジカといった希少魚類が残り、カワセミ、ヤマセミなど清流に生息する野鳥もいて、撮影に訪れるカメラファンも多い。ところが、一帯は1960年代から70年代にかけて離村する人が相次ぎ、安中、寺尾、水谷、津賀尾といった集落が次々と消滅した。隣町の北広島町戸谷へ抜ける国道433号の工事は遅々として進まず、いまも大型トラックは通り抜けできない。
 そんな丁川沿いにある4つのお寺のうち一つは廃寺、もう一つは本堂を焼失したあと拠点を町内の別の場所に移した。残る2ヵ寺のうちの一つも、長く介護施設に入っていた住職が2011年に亡くなり、90歳を超える母が辛うじてお寺を維持している。

 廃寺となった栖心寺(せいしんじ)は田ノ原地区にあって、別名を「石寺」という。銅板葺きの端正な本堂が高台から集落を見下ろしている。切り石を丁寧に積み上げた石垣の上を取り巻く石塀、石段、石の門柱、石灯篭、石碑、本堂へ向かう参道の石畳…。住職がよほど石に魅せられたのか、それとも門徒の中に石の名工がいたのか、いずれにせよ「石寺」と呼ぶにふさわしいたたずまいである。しかも、銅板葺きの本堂といい、二階建ての庫裡といい、改修の手を加えたばかりで、目にする限りとても廃寺とは思えない。<写真参照>
 それもそのはず、栖心寺が宗教法人を解散して廃寺になったのは2006年暮れのこと。まだ10年もたっていない。元門徒総代でお寺のすぐ下に住む斎藤義治さん(1937年生まれ)によると、大阪・高槻市で学校経営に当たっていた釈舎幸紀さん(1943年生まれ)が、帰郷して住職に専念するようになって1年もたたない2005年11月に病死した。大阪に住む妻は薬剤師、2人の子供も郷里のお寺を継ぐ資格を持たず、選択肢は「廃寺」しかなかったと言う。
 住職の急死に伴う本山への諸手続きは、亡き住職のいとこで丁川のさらに上流の勝草地区にある教念寺の住職・龍山浩司さん(1942年生まれ)がすべて引き受け、栖心寺は消滅した。
 話がややこしくなるが、ここで教念寺に触れておく。
 教念寺は1986(昭和61)年に火災で本堂を全焼し、翌年、先代住職が亡くなるという不運に見舞われた。当時、龍谷大学を出てそのまま事務職員として働いていた龍山さんは「教念寺をいっそ廃寺に…」と考えたが、門徒の猛反対に遭い、代務住職を頼んでしのいだ。14年後の2000年、60歳のとき京都の住まいを引き払い、仮本堂と住居を兼ねた教念寺に帰ってきた。「とにかく焼けた本堂を再建しなければ」と、五間四面の図面で建築業者に見積もってもらったところ「最低でも1億円」という返事。「とても門徒さんに相談できる金額ではなかった。四間四面に規模を縮小しても8000万円と聞いて、再建をあきらめかけていた」。そんな時、約10キロ離れた町立病院近くの堀地区にある無住のお寺・明願寺の解体・撤去の動きを耳にした。
 「地元(勝草)の門徒さんはみな離村してゼロだったし、いっそ明願寺をもらい受けて堀へ移ろうか」。龍山さんは移転を真剣に検討し始めた。古くからの門徒は「お寺はやはり元の位置へ」と移転には反対だったが、再建費用の話になると口をつぐんだ。「これは住職である自分が決断するしかない」と腹を決め2006年、移転に踏み切った。移転となると移転先の近隣寺院の了承が必要だが、周囲4ヵ寺の了解も取りつけ、地元住民の反対もなく移転を完了した。
 太田川を見下ろす高台に移り新たなスタートを切った教念寺は、後継となる娘さん夫婦も帰郷し、庫裡の隣に新居を構えた。山門のそばには「平成18年3月23日、旧加計町勝草から当地へ寺基移転」と書いた記念碑が建ち、廃寺となった明願寺の証しである真新しい碑が本堂脇に見える。一方、本堂を消失した勝草に残る山門、仮本堂兼住宅は教念寺分院として維持し、龍山さんが周囲の草刈り、敷地の掃除などで定期的に通っている。
 ここで再び、龍山さんの手で廃寺手続きを完了した栖心寺のその後を記しておく。
 亡くなった釈舎幸紀住職の家族は大阪に暮らし、帰郷する意思はなく、本堂、庫裡、田畑、山林などの不動産は遺族が相続して奥さんの名義となった。本堂にあった仏具は東広島市のお寺へ引き取られ、本堂には本尊だけが残る。本堂は田ノ原地区の住民が時折、会合で使う程度。境内のそばには地区のゲートボール場を設けた。70軒ほどあった栖心寺門徒は、廃寺に伴って教念寺が引き継いだ。
自坊・教念寺の移転・改修、栖心寺の廃寺など、帰郷以来あわただしい日々を送った龍山さんも、最近ようやく落ち着いてお寺の将来を考えるようになった。10年余りふるさとで過ごしてみて、経営という観点からお寺を考えるとき「こういう田舎で伝統ある法灯を護持しようと思えば、住職の暮らしは自分で守るほかない。門徒さんが高齢化し急速に減っている今、かつてのように門徒さんのお布施に頼っていては、お寺は維持できない」と言い切る。
 浄土真宗には門徒制度、化教(けきょう)制度、お寺同士の組織である「組(そ)」など古くからのしきたりが残る。それに、俗に「上納金」と呼ばれる本山への賦課金制度もある。高度経済成長期から進んできた人口の都市集中は、山村の門徒減少、つまりは門徒からのお布施の減少、お寺の経営難という悪循環につながり、それが龍山さんが言う「法灯護持」を難しくし、お寺を衰退に導いた。
 一方、都市では宗教的な意味での浮遊層が増えて新興宗教の拡大につながっている。そこで本山では都市浮遊層の獲得を目指す「都市開教」を奨励してきた。ところが、龍山さんは「都市にお寺を開くには、すでにある周辺のお寺の同意を得なければならない。既得権を持つお寺は、近くに新しいお寺ができるのを認めようとはしない。都市開教という理念そのものに間違いはないが、実行するには多くの困難が伴う」と悲観的である。
 門徒が減り続ける農村でも、あるいは人口が膨らむ都市でも、そうした大規模な人口変動に対し、伝統仏教界はほとんど無策に終始してきたということだろう。

 さて、丁川流域では栖心寺が廃寺、教念寺が移転した結果、川登地区の玄光寺と最下流にある今寿寺の2ヵ寺が残る。
 太田川の合流点まで300メートル、丁川を背に狭い旧道に面して建つ今寿寺は、この地に移ってきてまだ40年足らず、四間四面の小さなお寺である。2000年に住職となった佐々木正憲さん(1945年生まれ)は脳梗塞で倒れて右半身不随となり、長い入院生活を経て2011年に亡くなった。お寺を守るのは、母の清野さん(1919年生まれ)ただ一人である。<写真参照>
 今寿寺はもともと、「棚田百選」で知られる旧筒賀村井仁に近い野竹地区にあった。戸数10戸足らず、かつて鉱山があったという野竹は「三八豪雪」(1963年)を契機に集落が消滅した。今寿寺の佐々木さん一家は、最後の離村者を見送ったあと、本堂を残したまま野竹を離れ、1969年、現在地にまず住居を構えた。次に、野竹の本堂を解体し、車が入る道路がないため索道で吊り下げておろし、自宅そばに移築しようとした。ところが、周囲のお寺が門徒を動かして移転反対の署名運動を起こした。「周りのお寺は、うちに門徒をとられると思うたんでしょうよ。本山は承認してくれたのに」と清野さんは振り返る。そんな反対運動が「さまよえるお寺」というテレビ番組になって、好奇の目で見られたこともある。近所のだれも、あいさつひとつしてくれない四面楚歌の中、1972年に今寿寺本堂の移築工事は完了した。
 移転から2年後、夫で先代住職の覚乗さんが病気にかかる。10年に及ぶ入院生活ののち1984年に亡くなり、以後、女手一つでお寺を支えた。2人の息子が得度し、住職の資格もとって肩の荷をおろしかけたとき、次の不幸が襲ってきた。二男の急死、さらに長男の長期入院そして死去である。長崎・諫早市生まれの清野さんは朝鮮半島で住職だった覚乗さんと結婚し、敗戦とともに野竹に引き揚げてきた。野竹を下りて以後、お寺の移築、移転先での反対運動、夫や2人の息子の死という災難に遭い、これからのお寺の維持を決めかねる。
 「ここ(丁川2区)には、越してきたとき家が18軒あったが、いまは半分の9軒に減った。歳月がたち人も入れ代わって、昔のように口もきいてもらえんということはなくなった。でもこの周りにゃあうちの門徒は1軒もない。孫があとを継いでくれるとは言わんし…」。清野さんは、飲みかけの湯飲みを両手で握りしめ、口をつぐんだ。近ごろ、夢の中に野竹の風景が時々出てくるという。「あちこちにカキの木があって、子どもが登ってもいでくれたんよ」と懐かしそうに言った。
 野竹へ行ってみようと、清野さんが教えてくれた道をたどり車を走らせた。しかし、隣り合った辺森の無住集落まで入り、山道を歩き始めてすぐ、目指す野竹への道は薮に覆われて消えた。

※2011年12月23日に旧ブログ掲載

写真A住職が亡くなり存続が懸念される今寿寺(広島県安芸太田町加計)

写真A住職が亡くなり存続が懸念される今寿寺(広島県安芸太田町加計)

写真B住職(息子)を失い、お寺の維持を模索する佐々木清野さん

写真B住職(息子)を失い、お寺の維持を模索する佐々木清野さん

この記事に対するコメント
一覧

  • コメントはありません

  • この記事にコメントするへ
  • 前の記事へ
  • 次の記事へ

 あなたにおすすめの記事

記事一覧